甘い鞭
これは、人気グラビアアイドルの壇蜜主演映画第二弾。
鬼才・石井隆監督が、大石圭の同題小説を映画化したＳＭ官能ドラマです。
産婦人科で不妊治療を行う女医の奈緒子には、もうひとつの顔があった。会員制ＳＭクラブで、サディストに責められるＭ嬢・セリカと言う夜の顔。
彼女をそうした行為に駆り立てるのは、高校生の頃の忌まわしい記憶。
あの雨の日、高校生の奈緒子は、近所の男に拉致・監禁され１ヶ月に渡って弄ばれたのだ。
男を殺して脱出した奈緒子だが、事件をきっかけに平和だった家庭は崩壊、彼女に消えない傷を残した。
だが、その心の傷が、彼女を衝き動かすのだ。あの時に味わった奇妙な味、その正体を知りたい、と――
壇蜜の映画主演第一作「私の奴隷になりなさい」の３ヶ月後に撮影されたと言う、この映画。ただし、公開は大分遅らされ、同時期に製作されていた「フィギュアなあなた」よりも更に遅くなりました。
その内容は、第一作同様、ＳＭと言う性的倒錯世界を描くものですが、さすがは石井隆監督、こちらの方がはるかにハードで奥深いものになっています。
正常な嗜好の若者を配し、観客の感情移入を促していた「私の奴隷になりなさい」に対し、この映画の現代パートの登場人物に正常な人物はいませんし、描かれる内容も過激。また、精神的な、いや、恋愛のひとつの形と言える支配と服従の関係を描いた「私の奴隷になりなさい」に対し、この映画が描くのは、サディストによる肉体的苦痛が主。血まみれになるまでの鞭打ちの描写など、これは大半の観客が性的興奮を覚えるよりも引いてしまうのではないか、と思います。
１７歳の奈緒子を演じる間宮夕貴も、現在の奈緒子を演じる壇蜜も、フルヌードでこの過激な描写に挑んでいます。
この映画は、Ｒ１８指定の紛れもない成人向けとは言え、その露出はＡＶ並み、しかも、鞭による打撃は、肉の震えから見てもしっかり当てていますから、これは相当にきつい現場だったでしょう。
しかし、本当にきつかったのは、むしろ、その内容だったのではないでしょうか？
この映画の中で、壇蜜は、彼女が売りにしている、女性（あるいは母性）ならではの包容力を前面に出すキャラクターを封じられています。
少女時代の忌まわしい記憶の中にある“禁断の快楽”を求める欲望に衝き動かされ、己の欲望充足のために生きる女性として描かれているのです。
Ｍ――マゾヒストだから受容的、と言う事はなく、Ｍの奈緒子が男たちに奉仕をさせているとも言え、その彼女の本性が垣間見えるのは、中盤の見せ場である、ＳＭクラブのオーナーマダムをサディスト役に転じて責めるシーンでしょう。
本作についてのインタビュー記事や、コメントから覗い知れるのは、壇蜜とは相当に理知的で聡明な女性であると言うこと。
そんな彼女が築き上げて来たパーソナリティを封印し、違ったタイプの女性となり、更に新たな扉を開くまでを演じる。
その難しい課題に応える事は、これは非常に厳しいことだったと思います。
ラストシーン、許されない快楽の正体に気づき、何もかも破壊しようとした彼女を止める手と、それに驚く奈緒子の表情。
壇蜜は、それが“希望”であって欲しいと思ったようですが、その解釈が正しいのか・・・映画はそれを明確には語らず（何しろ、当の壇蜜でさえ確信してはいない）、それは、人によって異なる受け止め方が出来るものなのかも知れません。
（２０１３年 ９月２５日 丸ノ内ＴＯＥＩにて）
（作品データ）
■監督
石井隆
■出演
奈緒子 ・・・ 壇蜜
奈緒子（少女時代） ・・・ 間宮夕貴
（その他のキャスト）
中野剛 屋敷紘子 中山竣 伊藤洋三郎 中島ひろ子
竹中直人
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あの味が
もう一度、欲しい――
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