Ａｃｔ．２０ ふたりの意見
「まさか、大賀さんがやっていたとはね……」
不機嫌そうな顔の天城恵が溜息混じりに言った。
「仕方ないじゃないか、それが仕事なんだから」
今更取り繕いようもなく、一樹は困ったように答えた。
９月に入り、東京に「ゼロ・クォーター」の第１３号店、「ＴＯＫＹＯ−ＯＮＥ」がオープンした直後の事である。
日経の技術誌で、小集団開発と言う開発手法の特集記事が組まれ、その一例として話題のエクスロイド・タイプＳＸが取り上げられ、チームリーダーとして一樹の名前が紙面に載った。
日経の技術誌など、職業エンジニア以外はまず読まない雑誌で、発行部数も多くない。大して面倒な事にもならないだろう、と一樹は取材に応じたのだ。
だが、その記事を恵は読んでいた。
そして、今日、久々に会った恵は、冒頭から不機嫌そうな顔をずっと見せていた。
「あんな気持ちの悪いもの作って、更にそれとセックスまでするなんて考えられない」
「エクスロイドは清潔なものだし、ダッチワイフを使ったオナニーみたいなものじゃないか」
いくら周囲に人の少ない喫茶店とは言え、さすがにこの内容では気を遣わない訳にはいかなかった。どうしても小声になってしまう。
「清潔とか不潔とか言う問題じゃないのよ」恵はじれったさそうに言った。「雑誌で読んだわ。どれもこれも、本物の女よりいい、って絶賛していたわ。あれはオナニーなんかじゃない、れっきとしたセックス、そうじゃないの？」
「……」
勿論、そう言うものを目指して、そして、作ったのだ。一樹は答えに詰まった。恵は更に畳み掛ける。
「以前、言ったと思うけど、人形に魂を与えてはいけないのよ。
それは悪魔の仕業だわ。見た目がいくら綺麗でも、あたしには気持ち悪くて仕方ないの」
「そんな……大げさだよ。エクスロイドに魂なんてない。あれは、そうしたプログラムで動いているんだ」
「じゃ、訊くけど、『魂』って、何？」
「え？何だって？」
「『魂』もプログラムだったらどうするの？神様の作った。
そうしたら、あの人形も魂を持っている事になるんじゃないの？」
――悪魔の証明か、と一樹は思った。
これでは、まともな議論になる訳がない。恵の言う事は既に議論を過ぎ、八つ当たりに近い、感情のうねりの発散になっていた。
「政府までもが、公共遊戯公社なんて言うものを作るなんて、まったく信じられないわ。
女性の尊厳とやらが聞いて呆れるじゃない。
男の性欲のはけ口は気持ち悪い人形に任せて、女はひたすらに貞操を守るべきなんて・・・」
いつもは穏やかな恵の目が怒りを帯びて蒼く燃え立っているようだった。顎の張った顔立ちの恵が唇を一線に引き締めた表情は強情そうで、簡単には自説を曲げなさそうに見える。
「あんな人形で、女性の尊厳が守れるようになったのか、あたしにはいくら考えてもわからないわ」
「ぼくにも、わからない」
一樹は、逃げを打った。
これまでは、エクスロイドに売春行為を代行させれば、人間の女性が古来からの賤業から解放されて、尊厳が守れる、と言う一般論に大して疑問を持っていなかったが、こうしてあらためて問われると、それ以上、深く考えてもいなかったのだ。
「男の人にはそうでしょうね。あれは、男の理由で作られたものだもの」
「いや、それは違うと思う……いや、違うよ」
ここに至って、漸く、一樹は反論をした。
エクスロイド・タイプＳＸには、多くの女性たちが関わっているのだ。公社を作った小松崎総理、Ｂマニュアルをまとめたマダム・デュランと、バビロニアの昔から知恵を重ねて来た、数知れない娼婦たち、ティナ、美保、そして静佳――
「エクスロイド・タイプＳＸが、ここまで来たのは、数多くの女性たちのおかげだ。あれは、男だけでは出来ないもの、いや、女性がいたから出来たものなんだ。それは、判って欲しい」
「判らないわ。あんなものを作って、それを政府までが支持するなんて、みんな狂っているのよ」
一樹は、変なプライドがないせいもあって、自分の事は相当に悪く言われても耐えられる。だが、自分の周囲の人を悪く言われるのは嫌った。そんな一樹にとって、恵の言葉はさすがにカチン、と来た。
「それは言い過ぎだろう。取り消せよ」
「厭よ。それが判らないとすれば。あなたも狂っているのよ。
あたし、帰る。もう、連絡もしないで」
と、言うなり恵は立ち上がり、伝票を掴むと、足音も荒く去って行った。
「――ったく」
溜息と共に呟いて、一樹は脱力して肩を落とした。
恵の怒りを、一樹は、理解した訳ではない。だが、薄々、感じている事はあった。
女性は、子宮で物事を感じると言う。
「性」をバラ撒いて終わりの男性と違い、内に抱え込む女性にとって、それは自らのアイデンティティーの支柱となるものなのだ。
そのアイデンティティーとなる「性」を奪われる、と恵は見たのではなかったのか。
そう考えると、何とも罪深いものを作ってしまったものだ、と一樹自身、思わなくもない。
だが、今の一樹には、恵の怒りと受け止め、この事態に正面から立ち向かう覚悟はなかった。
いや、これは正面から立ち向かうにはあまりに大き過ぎる問題だ。
一樹は、そう考え、この問題に鍵を掛け、心の奥底に仕舞ってしまう事にした。
勿論、恵との関係は修復は難しい。だが、今の一樹には、それ以外の選択肢を思いつく事が出来なかった。
「早くエクスロイド相手の仕事に戻りたいなぁ・・・若い女の子の相手は、もううんざり」
静佳は、苦笑しながら言った。
公共遊戯公社が設立されてから３ヶ月、その開業に向け、生産される大量のエクスロイド・タイプＳＸの原型モデル審査と、データ取りで、静佳は連日、モデルとなる若い女性相手の仕事をしていた。
公社が動き出せば、今までと桁違いの数になるのは判っているし、エクスロイド・タイプＳＸの存在も公になってしまったので、今回から原型モデルは広く一般公募を行う事にしたのだ。
若い女性の年収にも匹敵するデータ使用承諾費と、エクスロイドの稼ぎ出す金額から配当金も出るとあって、応募が殺到。
その審査と、計測、データ取得の合理化の為、静佳がかつぎ出された、と言う訳だ。
「お金になると言う事であれば、簡単に裸にでも何でもなってしまうのに・・・細かい事をあれこれ言うのよね。まぁ、気持ちはわかんないでもないんだけど」
既に１２月になっていた。
一樹は、久しぶりに訪れた静佳のマンションで、夕食を共にしていた。
ふたりが会うのは２ヶ月ぶりだった。
実は、静佳の両親が“熟年離婚”をしていたのだ。
自ら経営する病院の院長でもあり、公私に渡って強い存在であった妻の元で、夫として、そして病院では事務長として、我慢を強いられて来た静佳の父は、世間一般の定年の歳を迎えた所で、事務長の職を退くと共に離婚を切り出したのだ。
離婚交渉は難航すると思いきや、以外にあっさりと決着を見た。
既に、静佳の妹が結婚して実家に戻っており、その夫が新しい事務長になる事が決まっていたせいでもあるのだろう。そうした計算高い部分も静佳が母親を嫌う理由だった。
静佳の父は、離婚が決まり、家を出ると、静佳のマンションに転がり込んだのだ。
部屋には余裕があったし、元々、静佳は父親とは仲がいい。それを断る理由がなかった。
だが、そうなれば一樹は部屋を訪れる訳にはいかない。
さすがに、父娘で同居している所に、娘の愛人です、と訪問する訳にはいかないだろう。
今日は、父親が残務処理の為、青森に行っている、と言うので、久しぶりに静佳のマンションに泊まる事になったのだ。
年が明けたら、今度は一樹が公共遊戯公社とトランプ・コーポレーション間の業務調整とサポートの為、長期渡米する事になっている。
こうして会えない日が続くと、特機２課で共に仕事をしていた頃、毎日顔を合わせ、毎週末、部屋を訪ねていた時の事が今となっては懐かしい。
「これ、大豆蛋白の人工肉なのに、まるで、ローストビーフそのものでしょ。見た感じだけじゃなく、歯触りまで。なんかいろいろと面倒そうだけど、牛を育てるよりも環境にもいいみたい」
と、静佳は、夕食のメインディシュ、”ローストビーフのように見えるもの”をフォークの先でつついた。
ふたりが食べているのは、「フードプレート」と言う配食サービスのディナーセットだ。
「フードプレート」は、１食分の食事がＡ３サイズの用紙より一回り大きい程度のプラスティックトレイにセットされた状態で運ばれて来る。
レンジで暖めて、そのままパッケージを開けて食べてもよいし、皿に移せば、見栄えもよく、それなりの食事に見える。
容器はリターナブルだし、会員制のサービスなので、供給量の予測が正確に出来るので食材のムダも少ない。
そう言う点で、資源を有効活用した環境配慮型サービスになっている。食材もその意味から、環境に負担をかけないものが多く使われていた。
最近では、こうした環境配慮型のサービスは当然と言え、珍しいものではない。静佳などは、環境に配慮して、と言うより食事の支度の手間を省くために、利用していると言えた。
「おいしく食べられればそれで十分」
と、一樹は応じ、静佳は、小さく笑った。
「人造女性を作ったエンジニアの言う事がそれって……ちょっと意味深」
「これも、作った人は『やっぱり本物の方がいい』とか『作ってる所は見せられない』って言ってるのかな」
冗談めかして一樹は言った。
「中身を知らない方が幸せ、なのかも」
と言うと、静佳は、人工肉をフォークで刺して口へ運んだ。
食事の後、すっかりくつろいだ気分で、一樹は、静佳と並んでソファに座り、ビールのグラスを傾けていた。
アルコールに強くない静佳は、既にフルーツジュースに切り替えている。
「でも、こんな事になるとは思わなかったなぁ……一樹さんも、そう思わない？」
「こんな事って？」
「公共遊戯公社。５万体のエクスロイドなんて、わたし、まだ信じられない」
「うん、確かに政府の支援があるとは全く予想外だった」と、一樹も同意した。「でも、発表後も、文化人やマスコミの受けも悪くなくて、小松崎総理もほっとしてるんじゃないかな」
「でも、ろくでもないと思わない？
要は、女の人は、結婚するまで処女のままでいて、ひとりの夫と一生を共にして、男の子と女の子をひとりずつ生んで、清らかに生きるべきだ、と言うんでしょう？
２１世紀にもなって、そんな古典的な道徳観を持ち出されても、ねぇ」
静佳が、一樹にすり寄って来た。一樹は、ビールの残りを一気に飲み干すと、静佳の肩を抱き寄せる。
「どんなことをしたって、女の子が、自分の身体を商品化する事を止められないし、そうかと言って、こんな世の中では、それを規則で縛り付けるのも出来ないし。モラルもどっか行っちゃったし……
そこに出て来たのが、バビロニア以来のテクニックをマスターした人造美女エクスロイドでしょ。
その辺の女の子じゃ、勝負になるわけない。相手は、５０００年の蓄積があるんだから。
これで、権力でも法律でもない、”自然の力”で売春をやめさせる事が出来そうなんだから……わたしたちは、考えてみると大変なことをやったのかも」
「本当に売春がなくなるかどうかはともかくとして、世間の反応は意外だったなぁ」
一樹は、抱き寄せた静佳の髪を梳きながら言った。
「プロジェクト・ゼロを引き受けた時には、まさか成功するなんて思わなかったからなぁ。いづみ・２号機が出来て、技術的には何とかなりそうだ、と思った時も、どうやってこれを売っていくのか、想像も出来なかった。
トランプ・コーポレーションが、ニューヨークで初めてのゼロ・クォーターを作った時、技術サービスに行ったけれど、古びたホテルの１フロアを改修しただけのひっそりとしたものだったんだ。
人間の代わりに、ロボットを使った所で、日陰稼業はやはり日陰でやるのか、と、情けなくもあったし、この分じゃ、新工場がフル生産に移行出来るのはいつの事か、と思ったよ。
それが、最初の１年で６００体を作り、トランプ・コーポレーションだけで受注残が５０００を越え、更に公社から５万のオーダー、って――夢と言うなら悪夢みたいなもんだ」
「ほんと。それで、原型モデルデータが足りなくなって、収集に大騒ぎ。もう大変」
「そう言えば、データ取りのサポートって、何やってるの？」
「外形データ取りは、殆どが非接触自動化されちゃったから……わたしがやってるのは固有癖データの収集ね。演技じゃない、素の反応を引き出すのが結構大変」
「ふうん」
「でも、外観審査で合格した女の子より、そうでない子の方が、その……物腰とか、態度とかがいい事も多くて、固有癖データは、外形データ以上に買ってるの。
外形データは３００人だけど、固有癖データは、これまでに１０００人以上取ったかな」
「そりゃ凄いな」
「応募総数は１万人を越えてたのよ。小松崎総理の感想を伺いたい感じ」
「しかし、一体、どういうつもりなんだろう？自分そっくりの人形が、大勢の男の目に晒されて、セックスの対象になる事が気にならないのかな」
「やっぱり、お金でしょう」
公共遊戯公社では、外形使用権については３００万円を、固有癖データについては５０万円を支払う、としていた。更に、エクスロイドに採用され、売上が発生すれば、それに応じて配当も得られる。
勿論、こんな大金を若い女性にそのまま与えては金銭感覚が狂う。その為、支払いは国債で行われ、しかも、結婚や進学などの然るべき理由がなければ高額の換金は出来ない、と言う条件付きではあったが……
「それに、そもそも、気になる人は応募しないでしょ」と静佳は笑った。「別に、自分が身体を売る訳じゃないのだから、痛くも痒くもないし、採用されれば、美人でスタイルがよい事が証明されたようなものじゃない。しかも、お金まで貰えて」
「でも、あそこまでばっちり型取られるんだよ」
「型取りと言っても、非接触式じゃない。わたしもやってみたけど、どうってことないよ、あれ。婦人科の内診だって、すぐに慣れてしまうのだから、問題にならないと思うけど」
静佳はあっさりと言った。
「女って、もともとが図太いものなの。そうでないように見せてるだけ、躾でね。だから、娼婦なんていう仕事だってやれるのよ。
それに較べると、男の人はデリケートよね」
静佳は、そこまで言うと、何かを思い出したように、含み笑いをしながら言った。
「あ、そうそう。中折さんって覚えてる？」
「ああ。ＫＹで人工知能やってた天才ぼうや」
「そう。この間、本社で、帰りがけに会ったの。久しぶりー、とか言って、立ち話も何だから、本社の１階に入ってる喫茶店に入ったの」
「レンブラント？」
「そうそう。それで、おしゃべりしたんだけど、あの人、ずいぶん変わったぁ」
「ふうん」
「何だか男っぽくなった。２課で一緒に仕事していた時は、ちょっとびくびくしているような感じで、マザコン丸出しだったでしょ。わたしやドヤには、まともに口も利けなかったじゃない。
それが、男くさくなって、わたしに対して、ちゃんと話せるの」
「へぇ……運良くお袋さんでも死んだのかな」
「そんな事、言っちゃだめ」
静佳は苦笑し、一樹を撲つ仕草をした。
「『ゼロ・クォーター』のメンバーになって、毎週末通っているんだって」
「彼の給料じゃ、辛いんじゃないかな」
一樹は、首を傾げた。「ゼロ・クォーター」は、基本的にエスタブリッシュメント相手の高級サービスだ。入会には、紹介状か、会員からの推薦、それに高額の入会金が必要だ。ホクト社員の場合、特例として紹介状は不要だったが、それでも入会金は一樹にさえ簡単には払えそうにない金額だ。１回当たりのプレイ料金も、サービスの割には安いと言えても、絶対的には高額で、それを毎週となると尋常ではない。
「中折さんの実家は、かなりのお金持ちみたい。その実家から通っているんで、給料注ぎ込んでも問題ないんでしょうね。それに、入会金は、ママが払ってくれたんだって」
「ママがねぇ」
一樹は、更に首を傾げ、苦笑した。母親が３０過ぎの息子に、そんな目的の為に大金を出してくれるなどと言う事は、一樹には容易に信じ難かった。
「あの人、まだ童貞なんだって。つまり、人間の女性とはセックスした事がないの」
そう言えば、中折は、コールガール体験もしていなかったな、と一樹は思い出した。まぁ、そう言う例も最近では珍しくないが、そんな男が「ゼロ・クォーター」に通う、と言うのも奇妙な事に思えた。
「一種の女性恐怖症と言うか、嫌悪症とでも言うのかなぁ……母親の影響がかなりあると思うんだけど。
人間の女性相手に向き合うとだめなんだけど、エクスロイド相手だと上手く行くんだって。女性の格好はしていても、中身が機械だと知っているせいか、潜在意識下のブレーキが外れるようね」
「驚いたね」
「でも、中折さんの話じゃ、そういう人が案外多いみたい。
女性相手じゃ、どうしてもだめだけれど、エクスロイドなら出来る、って言う人。『ゼロ・クォーター』に通っている、そんな人同士で仲良くなっているんだって。大半は、人間の女性とセックスが出来ず、結婚しても奥さんととうとうセックス出来ずに離婚した人たちだって。
中折さんなんて、気が小さい上にプライド高いから、そうなる危険を見越して、縁談は全部断って来たって言ってた。だから、今はお嫁さんを貰えたような気分で浮き浮きしているんじゃないかな」
「そんなこと、ぼくに喋っていいのかい？」
「あら、これは医療従事者として聞いた話じゃないから構わないでしょ。喫茶店で、得意そうにしゃべっていたんだから」
静佳は、心外そうに言った。
「ふうん……それじゃ、エクスロイドはそう言う症状の治療にも使えるのかな？」
「どうかなぁ」静佳は首を傾げた。「ゲームの中では誰もが勇者になれるけど、実際に剣を振るって戦える訳じゃないでしょ？中折さんにしても、やっぱり、人間の女の人を相手にしたらダメなんじゃないかと思うけど」
「そんなもんかなぁ。ゲームと違って、実際に身体も使う訳で、訓練としては役に立ちそうだけど」
「この場合、問題はどちらかと言えば、心理的なものだもの。そう簡単に行けば、心療治療なんて楽なものよ。勿論、これで自信をつけて出来るようになる人もいるとは思うけど、大部分はだめだと思う。
中折さんも、『これでぼくがもう結婚しなくて済む、とママも喜んでます』とか言って、にやっと笑うの。わたし、正直、ぞぞぞ、ってしちゃった」
「ばかな男だ。こんなにいいのに」
一樹は、静佳を背中から抱き締めた。
ほっそりとして見える割に胸も尻も豊かな静佳だが、暫くぶりに抱き締めて、一樹は、おやと思った。以前より肉づきがよくなった感じがした。乳房も記憶より豊かになっているようだ。
「ほんと、男ってばか」
と、静佳が呟いた。
口調が変わっていたが、背後から抱き締めている一樹には、その表情までは伺えない。だが、中折だけでなく、非難の対象に一樹を含めている事は薄々感じた。
「セックスをなんだと思っているんだろ」
「……」
答えあぐねていると、静佳は、ぽつり、と言った。
「わたし、子供欲しいな。赤ちゃん欲しい」
これには、さすがに言葉がなく、一樹は沈黙した。
静佳の表情を見る事が出来ていたら、あるいは違ったかもしれない。
だが、結果として、この静佳の言葉に一樹は沈黙で答えてしまった。それが、静佳にある決断を促す事になる。
その事を、一樹は、後々まで悔やむ事になった。