Ａｃｔ．２０ ナンバー・ワン
「ここを、”ゼロ・プロムナード”と呼ぶ事にした」
ダグラス・トランプは、様々な装飾の施された３Ｄモニターが、あたかも美術館のように配置された所へ一樹を案内しながら説明した。
「インテリアとディスプレイの基本方針はティナが決めた」
ダグの言葉に、ティナがちょっと自慢げな顔をして言う。
「どう？悪くないでしょう？」
「いいセンスだと思います」
赤と黒を基調としたモダンなインテリアに、アクセントとして設けられたゴールドの装飾……全体的には、最近のインテリアトレンドを取り入れたクールなものでありながらも、どこか淫靡な雰囲気も醸し出している。その、絶妙なバランス感覚は、確かにティナならではのものであった。
「モニターの表示を入れる」
ダグが合図をすると、３Ｄモニターの中に、エクスロイドの姿が浮かび上がった。
いずれも、生みの親の一樹にはお馴染みだが、こうして見ると、それ自体がひとつの芸術品のように見える。
「どうだ、いい感じだろう」
ダグが、自慢げに説明を始めた。
――「ゼロ・クォーター」ナンバー・ワンは、３番街にある、ダグの経営権を持つホテルの１３階にあった。
欧米のホテルにありがちな事なのだが、２４階建てのこのホテルに「１３階」はない。その１３階を「０階」とし、メンバーだけが、その「０階」フロアに入る事が出来るようにしたのだ。
「このフロアでエレベーターを降りた客は、受付をした後、個室ロッカーに通され、身につけている衣服以外のものを預けて行って貰う。凶器類は勿論、カメラや携帯電話も持ち込ませないようにする為にね。
ロッカーから、ひとりずつこの部屋に通され、ここで好きなエスクロイドを選ぶ。決まったら、モニターにメンバーズカードを提示すると、キーが出て来る。
それを持って、部屋に行けば彼女がにこやかにお出迎え、と言う段取りだ。
勿論、カードに残高がなければ、最初の受付で刎ねられるし、この部屋はひとりが出ていかないと、次のひとりは入れないようになっているから、ここで他の客と出会したりしないようになっている」
「なるほど」
専門家は、やはりいろいろと考えるものだ、と思いながら、一樹は、１２タイプのエクスロイドの立体映像をひとつずつ見て行った。
いずれも、それぞれの個性に合わせた様々なウェアを着て、ポーズを取ったり、踊って見せたりしている。こちらのエクスロイドプログラマーがあれこれ手を加えているようだが、動作の基本は静佳のプログラムなので、その動きは、優美で上品だった。
「他にも、いろいろと工夫があるのよ」
と、今度は、ティナが説明を始めた。
「メンバーズカードは、『ゼロ・クォーター』へのパスポートになっているのよ。カードを持っていなければ、このフロアにエレベーターも止まらないの。
勿論、登録情報もカードには記録されるから、前回と同じエクスロイドを選べば、『また来てくださって嬉しいわ』と言うようになるし、２度目でも何ヶ月も間が空けば『もう来てくれないのかと思った』と拗ねてみせたりする」
「面白いですね」
「でしょう。まぁ、このくらいの事は、顔認識など活用すればカードなしでも済むのだそうよ。でも、営業的には、カードを持たせた方が、心理的繋がりが出来ていいんじゃないか、と言う意見が多くてこうしたのよ」
「しかし、『ゼロ・クォーター』のカードなど持っていて、トラブルの種になりませんか？」
一樹は疑問を呈した。
「まぁ、これは『ゼロ・クォーター』がどんな形で社会に受け入れられるか、と言う事に直結するから、やってみなければ判らない、と言うのが正直な所だ。
勿論、『ゼロ・クォーター』のカードを持つ事が、マイナス・イメージにしかならないのだから、すぐにカードレスにするよう準備をしている」
ダグが話しを引き継いで答えた。
「でも、あたしは問題ないと思うけど」と、ティナが繋げ、逆に一樹に質問をする。「カズキはカード、何枚持ってる？」
「クレジットカードやら何やらで１０枚近くになってしまった」
「でしょう？」やはり、と言う表情をティナはした。「今時の人は、財布の中に何枚ものカードを持っているはずよ。そこに１枚加わったくらいで、何も問題にならないと思うわ」
「確かに」一樹は、納得して頷いた。「カードはもう出来ているのですか？」
「出来ているわ」ティナが答えた。「後で、登録する。どうせ、試験もしないといけないのでしょう？」
「登録ナンバー、１番のカードを進呈しよう。いい記念になるだろう」
「ありがとうございます」
ダグの申し出を、一樹はありがたく受ける事にした。
トランプ・コーポレーションの考えている「ゼロ・クォーター」運営の構想が判って来て、一樹は段々面白くなって来た。エクスロイド・タイプＳＸ製造元のホクトよりも、商売をするトランプ・コーポレーションの方が、乗っている感じだった。
「カズキ、部屋を見て」
ティナが、一樹の腕を取ってプロムナードを通り抜け、部屋に繋がるドアを開けた。
「このドアは、カードに加え、キーなしでは開かないようにするつもりよ」
ドアの向こうは、プロムナードと同じようなインテリアの廊下になっていた。
そこに、２４の部屋が設えられているが、当面はエクスロイド自体が２４体しかない事もあり、１８の部屋が使用される事になる。
ティナは、最初のドアを開いた。
「どう、この部屋」
一樹は、ティナの後から入って、内部を見回した。渋いインテリアと、凝った彫刻を施したベッドが目を引いた。
「これは、１８世紀末のパリの高級遊女（コーティザン）の部屋を再現してみたの。優雅でしょう？」
「素晴らしいですね」
と、相槌は打ったものの、一樹の趣味からすると、いささか華美で重厚に過ぎるインテリアだった。
最初に見せたのだから、ティナご自慢のインテリアだったのだろうが……
「この部屋には、アイリーンを入れるつもりよ」
アイリーンは、北欧系の、大柄で威厳のある感じのエクスロイドだ。アイリーンの存在感なら、この部屋にも負けないだろうな、と思う。
「この鏡が、裏側通路への隠しドアになるの」
ティナがそう言うと、ポケットからキータグを出して、鏡の端に触れさせた。鏡はすっと開いて、大人が楽に通り抜けられる通路が現れた。
「何の為に、隠しドアなんか……」
一樹が、びっくりした顔をするのを見て、ダグは笑いながら言った。
「びっくりしたかい？ニンジャの館みたいだろう？」
「何に使うんです？」
「これは、サービス用の通路なんだ。
客が、遊び終えて部屋を出ると、スタッフがこの通路から入り、エクスロイドを交代させ、奥のメンテナンスドックで、洗浄・清掃してから、充電、補給などする。
その他にも、部屋の清掃、シーツの交換など、次の客を迎え入れる準備をするんだ」
「それは判りますが、何故、裏口からやるんですか？」
「ディズニーランドと一緒だよ」と、ダグは悪戯っぽく笑った。「ここは、客に取っての異世界、夢の世界なんだ。
表の廊下を、シーツを積んだワゴンがうろうろしたり、予備起動状態のエクスロイドが無表情で歩いていたりしたら、そんな気分に水を差されるだろう。
それに、こうした場所で、他人に顔を見られたくない人も少なくないだろうし」
「なるほど」一樹は、感心して頷いたが、「でも、お客さん同士が、廊下でかち合う事はあり得るのでは？」
「それも避けられるようにした。
人の出入り状況は、センターで常時把握し、エクスロイドを通じて、廊下に他の客がいる事を客に知らせ、廊下に出ないように促す。
廊下から、ロッカーまではプロムナードを通らずに戻れるから、廊下の間だけ注意して貰えばいいだろう。それに、廊下は照明も暗め、しかも、足下を主に照らすようにしているから、お互いの顔ははっきりと見えないだろう」
「いろいろ、考えるものですね」
「ティナは勿論、私にだって、こうした施設の運用経験はない。これらは、ソープランドの経営マニュアルを参考にしたのだよ」
「そうでしたか」
一樹は、苦笑した。
「じゃ、今度は、裏の通路を通って、隣の部屋に行ってみよう」
今度は、ダグが先導して裏側通路を通って、隣の部屋に移動した。
こちらの部屋は、先程とはまるで違うインテリアなのでびっくりした。こちらは、クリーム色のあっさりとした壁紙が貼られた、シンプルで機能的なダブルベッドが置かれた……日本のシティホテルそのままの部屋だった。丁寧な事に、部屋の注意書きまで日本語だった。
「この部屋は……」
「日本のシティホテルを再現してみた。ここにはミレイを入れるつもりだ。ジャパニーズ・アダルトビデオの世界へようこそ、と言う事さ」
「そう言う事ですか」
一樹は、納得した。日本製のアダルトビデオは、海外でも人気なのだ。日本人女性は外見が幼く見える事もあり、合法的に鑑賞出来る、ロリコンビデオの代用品としても人気がある。
これは、そうしたアダルトビデオの世界を疑似体験出来るように作られた部屋だった。また、ロリコン嗜好の客の動向を探る目的もあるに違いなかった。
作業着のスタッフが２人、天井裏に上半身を突っ込んで何やら作業をしていた。
「アンテナを調整しているのよ」
と、ティナが状況を説明した。
エクスロイド・タイプＳＸ用のホストコンピューターは、現在の所、１台で３２体までのエクスロイドを制御出来る。２４部屋のこの１号店なら、フル稼働してもまだ能力に余裕はある。
とは言え、部屋の隅々まで無線ＬＡＮの電波を確実に届ける為には、細心の注意を払ってアンテナの配置を決定する必要があった。
もうひとつ、部屋を覗いてみた。
そちらは、重厚なデザインのマホガニー材で作られた家具が目を引く、１９世紀イギリス、ヴィクトリア調のインテリアに作られていた。
この部屋に入るのは、イギリス系のローラ。丁度、コネクション確認の為に部屋入れられたローラを見ると、黒のロングワンピースにエプロンドレスと言うヴィクトリアンメイドの衣装だ。
スレンダーで清潔感のある美貌のローラには、なるほど、よく似合う。
これも、一種のコスチューム・プレイなのだが、安易にフレンチメイドとせず、本格的なヴィクトリア調にしたのは、狙っている客層が違うと言う、と言う事なのだろう。
「部屋ごとに、全部インテリアを変えてあるのですか？」
「そうよ。この『ゼロ・クォーター』ナンバー・ワンは、商売と言うより、まずはマーケットリサーチを重視してオープンするのよ。なるべく早く、客の反応を知りたいじゃない？
こうして、様々な部屋と、衣装、プレイ内容を可能にして、客の反応と、好みの傾向を掴むの。１ヶ月もすれば、大凡の傾向は掴めると思うから、その結果に従って今後の拡張を進めていくつもりよ」
ティナは、既に実業家の表情になって、構想を語った。
「この建物の中で拡張するんですか？」
「ここは、このフロア目一杯、２４室まで広げるわ。エクスロイドもあと、６体……予備を入れたら８体は欲しいわね。
でも、ここは、それ以上は拡張しないつもりよ。
ここを大きくするより、今は、店の数を増やしたいし、それに『ゼロ・クォーター』が市民権を得るまで、ホテルなどとの併設でやっていくわ。
ホテルに入るような顔で、客が『ゼロ・クォーター』に来られるようにしておくことも必要かもしれないし」
「いろいろと気を回すのですね」
「あたしはもっと大胆に進めちゃいたいんだけど――」
と、言いかけたティナの言葉を継いで、ダグが言った。
「私は、慎重にことを運びたいのだ。エクスロイドは、私とテツの二人三脚で育てて来たし、タイプＳＸは、私がテツに注文して作って貰った製品だ。万が一にも失敗することは許されないだろう」
一樹が頷くのを見て、ダグは言った。
「私は、別のアポイントメントがあって行かなくてはならない。
あとは、ティナが対応するが、『ゼロ・クォーター』の開業準備に向けて、よろしく頼む。
今晩は、久しぶりに一杯やろう。それでは失礼するよ」
ダグは、一樹の手が壊れそうな握手をすると、足早に出て行った。