Ａｃｔ．１７ 生産計画
「これがエクスロイド・タイプＳＸ。試作２号機です」
いづみ・２号機の完成を待って、生産部門へのプロジェクト説明会が行われた。
勿論、今までもプロジェクトの概要説明は幾度も行っているが、具体的な説明を、実務者レベルに説明するのは、これが初めてである。
試作工場で作ってしまう特殊エクスロイドを多く手がけて来た一樹は、量産を行う生産部門相手の仕事となると勝手が判らず、説明会は横田が仕切る事になった。
初物となるものは大抵そうなのだろうが、何となく腰の引けた感のある生産スタッフの反応は鈍かった。
それが変化を見せたのは、やはり実物のタイプＳＸ、いづみ・２号機を見せた時だった。
タイプＳＸは、システムで動く機体なので、工場事務棟会議室では動かしてみせる事は出来ない。
予備起動させて立たせておくのが精一杯だし、無用な刺激も与えたくはないので、とりあえず普通に街を歩ける格好をさせておくように、と指示していたのだが、それを美保にしたのがまずかった。
美保が選んだのは、肌にぴったりフィットするチューブトップのミニワンピースとニーソックス。
それを、ノーブラで着せるものだから、乳首の形まで見てとれる。その格好は、十分以上に刺激的だった。
これはもう、男を挑発する事を面白がっているとしか思えない。確かに、美保にはそうした部分があった。
その格好に乗せられた訳でもないのだろうが、生産スタッフは、いづみを見て目の色を変えた。さすがに、日頃から現物に親しんでいるだけに、現物を見せると反応が違う。
「このレベルの仕上げをやれってか」いづみを間近で見た生産技術のスタッフが嘆息した。「これはハンドワーク？」
「タイプＳと同じく、試作の仕事です。まぁ、この仕事が出来る作業員は試作でも限られますけど」
と、一樹は答えた。
「だろうなぁ」生産技術スタッフは、製造スタッフと顔を見合わせて、腕を組んで唸った。「製造の現場から腕利きを集めて貰うようにはするけど、工場でこれは……」
「試作に、習熟教育をして貰うよう、協力要請しますよ」
「ああ、是非頼む」
更に、食い入るように熱心に観察する生産スタッフに横田は言った。
「後日、実際に使ってみて貰おうと思います」
「使って……って事は、やらしてくれんのか」
あからさまな物言いに、さすがに横田も苦笑した。
「違う所は服の下ですからね。それに、実際にしてみない事にはどこまで作り込むのかも判らないでしょう。
試験計画もあるので、人数は制限させて貰いますけど、生企、生技、製造、品管の各部１〜２名くらいは経験して貰おうと思っています。時間割は今日の議事録に添付しておくので、参加者を選出して連絡してください」
結局、説明会は２号機を見せただけで終わり、生産計画についての話し合いは次回に持ち越される事になった。
「大丈夫かな、彼ら、あれでやってくれるのかな？」
懸念する一樹に、横田は言った。
「工場は、開発とは違う上意下達の世界ですからね。軍隊みたいなもので、上がやると言えばやりますよ。
ただ、いい仕事させるには、モチベーションを上げてやらないといけないですからね。だから、いづみを抱かせてやろう、と」
「果たして、どこまで効くものか……」
「大賀さんだって、２号機の出来にはびっくりしたでしょう？あれはいけますよ。工場の人間だって素人じゃないですからね。それは判る筈です。
まぁ、目の前にブラ下げる人参は美味そうに見えた方がいいですし、出来れば一口囓らせた方がいい、って事です」
「色仕掛け、って事か」
「この場合だと、機械仕掛けって事になるんじゃないですかね」
混ぜっ返す横田に、一樹は苦笑した。
「そりゃ、意味が違う」
なるほど、横田の言った通りだった。
最初の説明から２週間、生産計画会議に臨む生産側スタッフは明らかに顔つきを変えていた。
会議開催も、重役会議室に変更され、会議室には大崎工場長を始め、生産部門の主要役職が顔を揃えた。
開発側も高見沢専務が出席し、更に大熊社長が出席、と事実上のトップ会議となった。
高見沢専務に次ぐ開発部門ナンバー２の席についた一樹はさすがに戸惑いの色を隠せない。覚悟はしていたとは言え、ここまで大げさになると、これは自分の居場所ではない、と言う感覚が強くなる。
その大舞台で、生産計画をプレゼンテーションする生産企画の担当者はさすがに昂揚していた。
「それでは、プロジェクト・ゼロの生産計画についてご説明いたします」
佐藤と言う担当者は、まだ若い。横田よりも２つ３つは下の筈だ。もっとも、ホクトは会社設立以来、まだ日が浅いのだから、生え抜きのスタッフと言うのはどうしても若くなるのだが。
佐藤は、淀みなくプレゼンを進めて行った。恐らく、幾度も練習を繰り返したのだろう。
「ご要望の年間５００体と言う生産台数に対しては、工場内再配置と、要員増加により、１２ヶ月以内に日産１体、１６ヶ月以内に日産２．５体を達成、初年度３００体、次年度５００体の生産を行います」
佐藤の説明は、堅実なものだった。
工場に隣接する社員駐車場に、テントハウスを建設。そこに受け入れ検査場と倉庫の一部を移設、工場内の空いたスペースでタイプＳＸの生産設備を設ける、と言うものだった。
これなら大規模投資も必要なく、現有設備を活用して生産準備が進められる。
一通りの説明を受け、大崎工場長は満足したように頷いた。大熊社長に自信ありげな視線を向ける。大熊は、その視線を受けて頷いた。
「よろしい、フェーズ１としてはこれでいいだろう。早速、準備にかかってくれ」
「フェーズ１？」
台上に立つ佐藤が怪訝そうな顔をした。
「佐藤君と言ったね。引き続き、生産計画拡大の検討をして欲しい」
と、大熊は切り出した。
「……と、言いますと？」
「当面は、フェーズ１とし、現有設備を活用した年間５００体の生産準備を進めてくれ。だが、プロジェクト・ゼロには次のフェーズがある。その次は、年間１００００体の生産計画を検討するように」
これには、会議室の誰もが咄嗟に言葉を出せなかった。
大崎工場長までもが、「正気か？」と言う表情で大熊を見た。
なにしろ、現在のホクト川崎工場の生産能力上限が、凡そ年間３０００体。そこに、能力増大により＋５００体の生産台数を何とか押し込もうと検討している時に、年間１００００体の話である。
「知っての通り、プロジェクト・ゼロ……エクスロイド・タイプＳＸは、当社にとって画期的な商品だ。トランプ・コーポレーションとも協力し、普及を推し進める予定だ。数年以内に必ず、この規模の生産が必要になる。生産部門には是非、頑張って貰いたい。
その為に、既に工場に隣接する土地の買収も進めている。そこに新工場を建設するつもりだ」
大熊の爆弾発言であった。
一樹は、事前に三崎から聞いていたから今更驚かなかったが、生産側スタッフにとって、これは本物の爆弾だった。
初年度３００体、２年目に５００体、新工場を３年以内に立ち上げる……こうして、これから数年に渡ってホクト・川崎工場全体を巻き込む事になる、嵐のようなプロジェクト・ゼロ生産計画が動き出した。
年の瀬、一樹は久々に天城恵と会う事になった。
クリスマスムード一色の１２月も終盤の週末。
静佳が、自宅で友人とクリスマス・パーティをすると言うので、都合良く空いた週末に時間を合わせ、一樹は、待ち合わせの新宿に向かった。
「ごめんね、クリスマスなのに……」
開口一番、恵は頭を下げた。滅多にない、恵の方からの呼び出しと、この態度に、一樹は、今日は珍しく恵の愚痴を聞く事になるのだろうな、と感じた。
この日の東京は、曇り空。
夕方から雲が重くなり、雪もちらつきだした。
久しく東京では年内に雪が降る事などなくなっていたが、これまで積み重ねた環境対策が功を奏し、ここ数年、地球環境は改善の方向へ向かう兆しを見せていた。
（――ホワイト・クリスマスか……）
恋人達には絶好のシチュエイションの週末だろうが、男女２人で会うとは言え、恵相手では艶っぽい話になる訳もなかった。
「彼女とのデート、邪魔しちゃったんじゃない？」
恵は、一樹の顔色を伺うように言った。
「今日は、女友達とパーティーするんだと」
「あら」
恵には、静佳の事をさりげなく伝えてある。言わなければ週末の予定が塞がっている事の説明がつかないし、恵の性格からすれば「ちゃんとセックスしてる？いい歳なんだから、彼女くらい作りなさいよね」と言いかねない。
恵とは、そうした関係だった。
恵が本題を切り出したのは、食事の後だった。
「あれ、ボツになっちゃった」
「あれ、って？」
「例のあれ、『売春防止法』についての仕事。今度のは１冊にまとめられるんじゃないか、って頑張ったんだけど、まとめたところでボツ喰っちゃった」
「どうして？面白そうな内容だったけど」
「出版社の都合、ってヤツね。内容的に、今の政府……小松崎総理に噛みつくような事も書いたから、それをマズいと考えた人が上の方にいたみたい」
現在の日本のトップである小松崎内閣総理大臣は、日本初の女性総理大臣として、５年前からその椅子に座っていた。
大胆な行政改革と、環境対策を重視した産業施策により大きな成果を挙げ、国民の支持率はうなぎ登り。早くも２１世紀最強の総理大臣との評も出ている。
とは言え、批判する事が許されない、と言う事などあっていい筈もない。
「それって言論弾圧じゃないのか」
「弾圧とは言えないわね。小松崎総理の立場なら、どうぞ、どうぞと言わざるを得ないでしょうね。日本は民主主義社会なのだから。
実際、小松崎総理や、現政府に対する批判する本など、幾らでも出版されているわ。
強力であればあるだけ敵も多いし、多くの人が認めるものの瑕疵に、難癖をつける人も少なくない。
だけど、権力者におもねる人間と言うのも少なからず存在するわ。そんな人間が、たまたま出版社の上にいた、と言うこと」
「そうか……残念だなぁ。何とか日の目を見させる事が出来ないのかな」
「持ち込み原稿ならボツにされても他の出版社に行けば可能性あるけど、今度のは持ち込み企画だったから……編集部にも取材や資料で大分協力して貰っているから、さすがに無理ね」
口に出すとすっきりするのか、恵は妙にさばさばした口調で言った。
「この仕事やってるとたまにある事だけど、さすがにがっくり来たわ。
担当の編集も、気を回してくれて、割のいいコラムの仕事くれたけど、気が抜けちゃって……」
一樹も開発の仕事をしているだけに、クリエイティブな仕事を打ち切られた時の無念さは十分理解出来る。さすがに言葉がなかった。
「何と言うか……その……」
「何か、いいネタがあったら紹介して」
と、恵は、同情を誘うような口調で言った。
「ああ。協力する」
「新型エクスロイドのスクープなんていいかも」
「それは絶対無理」
一樹は、慌てて打ち消した。
その慌てっぷりがおかしかったのか、恵は、漸く笑顔を見せた。
増加試作機が完成したのは年明け早々の事だった。
プロジェクト・ゼロがスタートしてから２１ヶ月目にして、既にお馴染みとなった「いづみ」とは異なる初のエクスロイド・タイプＳＸである。
問題は、いづみとどのくらい違っているかどうか。外観の差に加え、機体固有癖がどのくらいの個性を生み出すかが注目だった。
外観の他は、ハード的には大きな進歩はなく、いづみ・２号機で出た問題も、ごく初期の指摘以外は対策を反映出来ていない。もっとも、外形やサイズが違うから、多くの新設計部品はあり、それは設計時期の違いからより進んだ設計が取り入れられてはいる。
増加試作機で最初に完成したのは、「みれい」だった。
小柄でほっそりとしたみれいのモデルは、１９歳のＡＶ女優だ。切れ長の大きな瞳に、くっきりとした眉が印象的な、端正な美貌の持ち主だが、小柄なのと愛くるしい表情のせいで年齢よりは幼く見える。
しかも、美保が調子に乗って、白いブラウスにチェックのミニスカートと言う、学生風の衣装を着せたものだから、これはもう、どうみても女子高校生だ。
（……まるで、援助交際だな）
勿論、そんな経験はないのだが、いささか後ろめたいような気持ちで、一樹は、みれいの実機試験に臨んだ。
機体固有癖として、奉仕する傾向を強めてある、と言うみれいは、外観に似合わず、大胆で献身的だった。
ベッドサイドに誘った一樹の服を脱がせつつ、肌に唇を這わせる。
みれいの舌戯は、Ｂマニュアルの極意とでも言うべき絶妙のものだった。それは、中崎苦心の結晶の口腔と舌の勝利でもあった。
いづみに対し、設計時期には数ヶ月しか差はないが、開発のこの段階での数ヶ月は大きい。みれいの舌は、いづみに対して大きく進歩し、ほぼ完成の領域に近付いていた。
キスの巧みさには、内心、一樹も唸った。乳首をねぶり、吸い上げられた時には、思わず、ぞくりと身を震わせて勃起してしまった。
その反応に、嬉しげな笑顔を見せたみれいは、裸で立つ一樹の前に跪いてペニスを口に含んだ。
全裸で仁王立ちになり、制服の美少女を跪かせて股間に奉仕させる……何ともインモラルなシチュエイションに、一樹の興奮は高まった。
みれいの絶妙なフェラチオが、それに輪をかける。一樹に、サディスティックな傾向はなかったが、思わず、みれいの頭を押さえて２度、３度と喉の奥に深く突き込んでしまう。
そして、小柄なみれいの身体を抱えてベッドに放り出すと、服を脱がせるのももどかしく、慌ただしくのしかかっていった……
増加試作機は、みれいに続き、大柄なスレンダー美人のローラ、グラマーなまいの２機が次々に完成。
更に、いづみ・３号機も用意され、これは工場製作プロトとして、組立のトライから行うべく、部品のままの状態で生産部門に引き渡された。
勿論、これら増加試作機も一樹は試験してみた。
言語対動作レスポンス機能は、いづみ・２号機のロールアウトからの短い間にも関わらず完成度を高めており、また、機体固有癖の付与による個性設定も、思っていた以上に効果的だった。
Ｂマニュアル動作を重点に、積極性を高め、能動的に動くローラは、一樹にティナとの一夜を思い出させた。
バスト１ｍの巨乳のまいは、やや受け身に設定されていた。言葉悪く言えば「まぐろ」なのだが、それでもグラマラスな肉体を組み敷く感覚は、男の征服欲を満足させるものだ。
また、せっかくのフル機能版なので、一樹は、まいを試験する際にはアナルセックスもトライしてみた。
もっとも、入り口が狭隘なだけであまり感触がよくなく、また、苦痛に耐えるような、まいの反応が気の毒で、すぐに止めてしまったのだが。
増加試作機のうち、ローラは、Ｂマニュアルの作動検証に使用され、フル機能版のまいは、機能検証の後、各種臨界試験。そして、みれいが耐久試験に廻される。
一番華奢で、小さなみれいを耐久に廻す事については、一樹も危惧した。
「古池君、みれい、壊されはしないかな」
「壊してくれるなら、それもいいでしょう。その為の耐久試験ですから」
と、古池は言い、狙い通り、と言いたげににやり、と笑った。
「横田さん、黒木さんとも相談して、みれいには男の力を誘うような性格付けを与えています。
ＳＸの実機耐久は、どうしても時間がかかるので、多少、手荒な扱いを誘って機体の負荷を増し、耐久劣化を加速させるつもりです」
増加試作機の完成に伴い、常時２〜３機の試験が平行して行われるようになったので、実験スタッフも増員され、古池は１０名ほどのチームを率いるようになっていた。
耐久試験には、ホクト社内で、タイプＳＸに携わる男性社員から希望者を募り、試験に参加して貰うとした。
エクスロイドは充電さえしてやれば眠る必要すらない。今までのように少人数で試験していたら、どっちの耐久試験か判らなくなってしまう。
製造部や一部の実験担当などの夜勤のある職場には特別に要請をして人を出して貰い、稼働日は充電時間を除き、２４時間フル稼働させる試験計画を組めるだけの試験要員は確保した。そうして、タイプＳＸの耐久性を確認するのだ。
要員は、とりあえず試験開始に必要最小限な人数とした。どうせ、試験を始めれば口コミで評判は広まり、逆に参加者を絞るのに苦労するようになる、と古池は見ていた。
「むしろ、まいの試験の方が気が重いですよ。あっちは、それこそ”壊す”試験ですから」
まいが担当する臨界試験は、各種の限界的状況の試験だ。
タイプＳＸは、客の人間と、それこそ触れ合う状況で使用される。その状態で、万が一にも重篤な故障――制御不能となる暴走状態は勿論、爆発や、漏電、火災など――があってはならない。
タイプＳＸは、キロ単位のリチウムイオンバッテリーを積む。
その信頼性確認は、重要な課題だった。
電波障害、温度変化、浸水などの他、衝撃、打撃などの物理的ダメージが加えられても安全でなければならない。
そうした試験に、まいは使用される事になっていた。
物理的対衝撃試験の場合、バッテリーを収容する腹部に、様々な方向から衝撃ハンマーを打ち込む事になっている。
人のカタチをしているが故に、やり難い事は確かに存在するのだった。
「大賀さん、相談があるんですが」
中崎が、深刻な表情で一樹の席の横に立ったのは増加試作機が揃った直後の事だった。
ただならぬ様子に、一樹は、使われる事の殆どなくなった実験室に移動して、中崎の話を聞く事にした。この部屋ならば、性質上、音が外部に漏れる事はない。
「どうした？」
「申し訳ありません」中崎は深く頭を下げた。「私を、プロジェクト・ゼロから外してください」
「なんだって？」
さすがにびっくりして、一樹は聞き返した。
顔を上げ、ぽつりぽつりと話し始めた中崎は、相当思い詰めている様子だった。
――中崎は、土屋美保と親密な関係になっていた。
風俗店の調査で、共に時間を過ごしたのがきっかけだったと言う。美保は、中崎の不器用な程の真面目さと技術者としての実力に惹かれ、中崎は、美保の美貌は勿論、開発エンジニアになりたいと言う情熱と真摯さに好意を抱いた。
そうして、親密さを深め、結婚の約束までをするようになったのだが、そこで問題になったのがプロジェクト・ゼロと言う仕事の内容だった。
中崎も、当然、人体実験を自ら行う。
ただ、その実験とは、タイプＳＸの完成度がここまで高まってしまうと、美女を相手の性交そのものだ。
愛する女性が存在するのに、別の美女と性交をし……しかも、中崎の場合、その様子を、愛する女性である、美保が克明に知る立場にあった。
美保は、少なくとも表面上は気にした素振りを見せなかった。が、これは恋愛初期に女性が見せる健気さでしかなく、内心、わだかまりは確かにあった。そして、それを知る中崎が先に耐えられなくなったのだ。
「――もう限界です。どうしたらよいのか判らなくて……」
途方に暮れた中崎の肩を一樹は掴んだ。
「もっと早くに相談してくれれば……いや、気付かなくて悪かったな」
静佳もそうだったが、プロジェクト・ゼロは、セックスと言う人間の根幹に関わる問題を扱うだけに、心理的に大きな負担をかける。それは、プロジェクト・リーダーである一樹が常に気を配らなければならないものだった。
「いいえ」
「異動となるとすぐには出来ない。なんとか、期末まで頑張ってくれないか。とりあえず、実機試験からは外して貰うよう、古池君には言っておく」
「すみません」
「謝らなきゃいけないのはおれの方だろう。あと、代わりが務まりそうなのがいたら紹介してくれないか」
中崎は、頷き、そしてもう一度、深く頭を下げた。
再び顔を上げた中崎の目にはうっすらと涙さえ光っていた。
中崎の責任感の強さは一樹も承知している。そんな中崎が、開発途中で戦列を離れると言う事を自ら言い出すのだから、それは尋常でない苦悩と葛藤があったに違いなかった。
「中崎君」一樹は、立ち上がり、あらたまった口調で言った。「今まで、よくやってくれた。ありがとう」
と、頭を下げる。
中崎も慌てて立ち上がり、深く頭を下げた。
「申し訳ありません」
それは、もう泣き出しそうな声だった。