Ａｃｔ．１３ ゼロ・クォーター
「これは、なかなかの美人じゃないか」
特機２課の実験室で、ダグラス・トランプは、いづみ・初号機の周囲を一回りしてから言った。
「叔父様の相手をするのじゃ、かわいそうだわ。重さで窒息してしまいそう」
ティナは、大男のダグに比べると、さすがに華奢に見えるいづみを痛々しそうに見ながら言った。
「人形に、重いも軽いもないさ」とダグは言ったが、ふと思い出したように質問を付け加えた。「でも、壊れはしないだろうな」
「ベッドの上なら３００kg乗せても大丈夫ですよ」
と、一樹は答えた。
エクスロイドを扱い慣れているダグは、予備起動状態のいづみのナイトウェアを手際よく脱がせると、傍らのティナに手渡した。そして、いづみの身体をしげしげと観察した。
「よく出来ている。皮膚の接合線も、私が見てさえどこで繋いだのだか判らない程だ。外観に関しては、少なくとも最初のうちはこれで充分だろう。本物の女の子が立っているとしか思えない」
１０分近くかけ、身体の隅々まで調べてから、ダグは感想を述べた。
「お褒めに与って恐縮だ」
大熊は、嬉しそうに言った。こう言う時、ダグが世辞を言う人間ではない事をよく知っているだけに、試作初号機がこれだけ評価された事が素直に嬉しかったのだ。
「早速だが、動かして、使ってみたい。出来るかね？」
ダグは、一樹の方を振り向いて言った。
「はい」一樹は、頷き、事前に準備しておいた声紋データを古池に渡す。「これで起動してくれ。言語は英語だ」
「英語は通じるだろうね？私の日本語では、このお嬢さんは返事をしてくれないかもしれない」
「君の日本語でも大丈夫だと思うが、今日は英語モードで起動するから、英語で指示してくれればいい」
と、大熊が答えた。
「ありがとう。準備はいいかな？」
ダグが振り向くと、古池がＯＫのサインを出した。
いづみは、あらためてナイトウェア着せ、予備起動状態でスタンバイしていた。
「起動します。語りかけてください」
「こんにちは、イヅミ。私は、ダグラス・トランプだ」
「はじめまして。いづみです」
いづみは、微笑みながら綺麗な英語で答えた。
「君に会う為に、海を越えて来たんだよ」
「まぁ。それは遠い所を、ようこそ」
「こうして会えて嬉しい」
「わたしもうれしいわ」
「こちらへおいで」
と言うと、いづみはダグに歩み寄った。ダグは、その手を取り、肩を抱いて、ベッドサイドに並んで腰を下ろす。それから、厳粛な表情になって言った。
「テツ。それでは試させて貰うぞ」
「じゃ、この辺で失礼しよう」
ダグといづみを実験室に残し、大熊は実験室を出た。みなもそれに続く。
唖然として立ちつくすティナを、一樹が促して最後に部屋を出、ドアを閉める。
会議室に移動し、腰を下ろしても、ティナの表情からは驚きが消えなかった。
「驚いた。まるで、本物の人間みたい。あれなら、すぐ使えると思うわ。なぜ、カズキが悲観的なのか判らない」
「最初は誰でもそう思います。２〜３度目あたり迄はまだ目新しさが残っているけれど、５回目くらいになると、新鮮味がなくなり、面白くなくなってきます」
一樹は、丁寧な態度で言った。昨晩、あのような一夜を過ごしたからと言って、ティナが発注者――お客様である事については変わりはなかったし、しかも、業務上必要な知識についてのレクチャーを受けた、と言うのが建前だ。公私混同は出来ない。
「何故？」
「要するに、単調……と言うか出来る事が限られているので飽きるのだと思います。エクスロイドは、こちらがプログラミングした内容以上の事は出来ません。だから、すぐ珍しさが薄れて、飽きてしまうのではないか、と思います」
「人間の場合だって、普通の女性の場合、出来る事は限られているわ。それに、セックスと言うのは目新しさだけでするものではないと思うわ。単調でも、それが心地よければ構わないと言う人もいるでしょう」
「そうかもしれません。ただ、それにしてもコミュニケーションが出来ないなど、まだまだ問題はあります」
「でも、さっきのイヅミと叔父の会話は、あらかじめ決めてあった訳ではないのでしょう？ちゃんと、応対が出来るじゃない。
コールガールに、そんな難しい会話を求める人はいないわ」
「あの会話は、ちょっと聞く分にはもっともらしいけれど、ただの言葉のやり取りで内容がないので、５分も話せばばからしくなって来ます。
それに、いくら結婚相手でないと言っても、現実に、人間の女性を使ってもコールガール業が衰退しているのであれば、今程度のエクスロイドではじきに飽きられてしまうのではないでしょうか」
「自分に厳しいのは結構だけれど、カズキは、もっと自分の仕事に自信を持つべきね。
作った人は内容が判り過ぎているから、問題が目に付くかもしれないけれど、あたしは充分以上によく出来ていると思うわ。ほんと、すぐにでも使えると思うくらい」
ティナは、自信ありげに言った。そう言われると、一樹には反論するだけの材料がない。
「ぼくは、商売のことになるとわからないから……」
あいまいに答えると、それまで黙っていた大熊が言った。
「ティナ、問題は、われわれが、あのプログラムしか持っていない、と言う事なんだ。顔や身体の違うのは何体でも作れるけれど、動きの方は同じようになってしまう。これでは、飽きられてしまうのではないかな。
勿論、係数を変えれば反応の仕方は変わるし、乱数を使って動きに意外性を出す事も出来るだろうが……」
「その為のＢマニュアル、ですよね」ティナはにっこりと微笑んだ。大熊相手なので、ティナは多少、あらたまった態度で答える。「また、少し思い違いをなさってるようですけど、コールガールとは基本的に無個性なものです。男性の要望を如何に吸い上げ、それを形にする事でサービスする。コールガールの”個性”とは、顔と身体の他は、男性が作り出すものですわ。
あたしが心配しているのは、むしろ、そうした部分。最近のコールガール志望の女の子たちにも出来なくなっている、男性の気持ちを汲む事、それがエクスロイドに出来るんでしょうか？」
「それは、これから対応しようと思っている」と、大熊は言った。「今、人の気持ちを読み取る感情測定技術を、Ｂマニュアルのデータベース化と合わせて導入する予定だ。それが出来れば、男性が心地よいと思うような対応と行動を取る事が出来ると考えている」
「わぉ・・・」ティナは目を輝かせた。「すごい。それが実現すれば文句無しね」
と、言って、アメリカ人らしく大げさにはしゃいで見せる。
「それは上手く行けば、ビッグビジネスになるわ。エクスロイドで売春をするのなら、法律に反する訳じゃないから、堂々とアピール出来るし、病気の心配もないし。これは大ヒット間違いないわ」
「そう上手く行ってくれるといいのだがね」
ティナのはしゃぎぶりに、大熊は苦笑しつつ言った。
「大丈夫。叔父様が期待していた理由が判って来たわ。さすがはホクトね。
そして、エクスロイドなら変な客の要望にも応えられるし、ビジネスチャンスの拡大も可能ね」
「変な客？」大熊は首を傾げた。「例えば、どんな」
「コスプレやビザールは当たり前だし、あとは様々なフェチ。ＳＭも珍しくないわね。まぁ、跡が残ると面倒なので、ＳＭは基本的には専門のクラブに行って貰うのだけど。
気味悪いのは”死体プレイ”の客ね。勿論、死体を望んでいるのではなく、睡眠薬で眠らせた女の子を寄越して欲しいと言う要望があるのよ。ただ、眠っている間に何されるか判らないから怖いじゃない？で、お断りしているの。
あと、問題なのはロリコン。少女を望む客ね」
「少女なんて……そんなに需要があるんですか？」
一樹は、少し驚いて質問した。
「人気は根強いわ。少女と言っても幅があるけど、ハイティーンの大人並みの身体になっているような子より、まだ子供っぽいローティーンの子に人気があるわ」
ティナは、美しい眉をひそめて言った。
「どんな男が客になるのだね？」
と、大熊が興味深げに質問した。
「これは、完全に違法の話で、実際に行為に至ったら重罪になるのだけど、それでも、と言う客がいるのよ。大半は、中年以降の裕福な男性ね。
金は幾らでも出す、と幾度も言われたけど、こちらもそんな事は出来ないから、なるべく幼く見える成人女性を紹介するのだけど……エクスロイドなら作れるのでしょう？」
「勿論だ」大熊は頷いた。「かなり先の話にはなりそうだが、検討に値する内容だ」
一樹は、いささかうんざりする思いだった。ローティーンの女の子を抱くなんて、それだけで悪趣味としか思えないし、ただですらレイアウトに苦戦しているエクスロイド・タイプＳＸのアーキテクチャーを、更に小さなボディに押し込めようと言うのは、機体設計者として気が重いだけだ。
このままつきあっていると、とんでもない話が出て来るか判らないので、一樹は席を立った。
「失礼。横田たちに、Ｂマニュアルの印象を聞いて来ます」
執務席の方で、横田と静佳が早速Ｂマニュアルの中身をチェックしているのだ。
大熊が頷くのを見て、一樹は、会議室を出て、席に戻った。
横田にＢマニュアルの印象を訊く。
「これは大したもんですね」と、横田は感心した口振りで答えた。「なるほど、これならどんな要望にも対応出来そうです。あとは、客の要望を、言語対動作レスポンス機能で掬い上げ、感情測定技術のフィードバックで満足度が高まるように持って行く……とね。何とか格好になる道筋が見えて来ましたよ」
「そうか、よかった。わざわざ持って来て貰った甲斐があったな」一樹は、顔をほころばせた。それから、静佳に言う。「黒木さんには、何だか、とんでもないものを見せてしまって、すまないけど」
Ｂマニュアルは、女性を男性に徹底的に奉仕する存在として扱うものだ。そんなものを見せる事については、さすがに抵抗もあった。神経質な女性であれば、「セクハラだ、女性の権利を何と考えるのか」と言いかねないシロモノだろう。
「今更、そんなこと言われても」静佳はちょっと困ったような、それでも笑顔を浮かべた。「それが仕事だもの。それに、これ、そもそも女の人が見て、仕事する為のものでしょう？あのティナさんも、これをマスターしたんでしょ、わたしだって、負けていられないな」
静佳が妙な所で対抗意欲を出した。
先程、ティナに紹介した時、女の勘で何か気付いたのかも知れない、と一樹は、ひやりとした。
そこへ、実験室から出て来たダグが声をかけた。
「カズキ、オーケーだ」
ダグは、大げさなジェスチャーで満足感を示した。釣り込まれて、一樹だけでなく、２課のみなも笑顔で頷く。
ダグが会議室に入るのを見て、一樹も席を立ち、会議室に戻る。
「テツ、イヅミは素晴らしいよ」と、ダグは、大きな手を大熊の前に突き出しながら言った。「おめでとう、いい仕事をしてくれた」
大熊は、その手を握り返すと、
「いつまで経っても戻って来ないから、腹上死でもしたんじゃないかと心配していたところだ」
と、言った。
「腹上死もしかねないほど激しい。正にファンタスティックだ。ティナ、コーヒーをいれてくれるかな」
「すいません、気が利きませんで……用意させます」
ティナを視線で制し、一樹が立ち上がった。会議室を出て、美保に指示をする。
「ねぇ、叔父様。カズキは、最初はいいけど、すぐに飽きてしまうだろう、と言うのよ」
ティナは、少し意地悪そうに言った。
「それは、確かにそうだろうな」ダグは、悠然として頷いた。「しかし、それはソフトウェアの問題だ。それを解決する為にＢマニュアルを持って来たのだろう？
身体の方が、これだけ上手く出来ていると言うのは、立派なものだ。一体、特製して貰って、ニューヨークに連れて帰りたくなったくらいだ。とにかく、かわいい顔をしている」
「君にそう言って貰えると嬉しいし、スタッフも張り合いが出るだろう」
大熊は、にこやかに答えて、一樹の顔を見た。
「ありがとうございます」
一樹は、頭を下げて礼を言った。
この間までの一樹なら、喜ぶより先に、今後の事を考えて、気を滅入らせていたが、静佳の忠告を訊いてから、誉められたらまず喜ぶ事にしているのだ。それに、先程の横田たちとの会話で、先の展望が見え、気分が楽にもなっていた。
そこへ、美保がコーヒーを入れて持って来た。しばし、会話が途切れる。
コーヒーを一口すすり、美味そうに目を細めてから、ダグは言った。
「とにかく、身体の方は、予想以上だった。あとは、口と唇だな。キスはちゃんと出来るようにしてほしい」
「大賀君、唇の方の目処は立ったのかい？」
ダグの要望に、大熊も尋ねた。
「はい、機構的には結論が出ましたが、実際に使うとなると、相変わらず苦戦中です」
「唾液は、新液をタンクからポンプで送り出し、呼吸を利用したスカベンジングポンプで吸引して廃液タンクに溜めると言う構造だったね。機構的には妥当なものだと思うが……」
「そのシステム自体は、完全に機能しています。ところが、人間の場合、その間の唾液の循環を舌が巧妙にコントロールしているのですが、これが難しいのです。人体計測研究室の方でも、舌の動きは話す時のものしかデータがなくって……でも、担当の中崎が中心になって現在、頑張っています。艤装設計にも応援を頼み、三稜に対してもゲストエンジニアの派遣を要請するつもりです」
「さっきのぞいて見たら、３Ｄシミュレーションをやっていたな。実機でもやると言っていた」
「はい、零号機を改修して使っています。中崎は、今にキスの名人になる、と豪語しています」
一樹は、冗談めかして言ったが、中崎にとっては、真剣そのものになる仕事なのだった。こう言う全く新しい重要部品の新規開発を任される事など、滅多にないからである。
「そうか。すると、今度の試作機までには、目鼻がつきそうだな」
「期待している。これはＢマニュアルを実行する為に、是非必要な事なんだ」
と、ダグは力を込めて言った。勿論、夕べの事もあり、一樹も自在にキスの出来る唇の重要性は承知はしている。
「ミスター・トランプ」あらためて、一樹は切り出した。「タイプＳＸの身体は、９０％まで既存のエクスロイドと同じです。ホクトが、１０年かけて磨き上げて来たエクスロイド技術の応用だけで、表面的な動きは人間そっくりに出来ます。
だから、初号機までは思ったより簡単に出来ました。ホクトの膨大な蓄積技術の組み合わせだけで、格好がついたからです。
しかし、キスやフェラチオの出来るような唇と舌となると、未だかつて取り組んだ例がないだけに苦労しています」
「しかし、膣だって作った事はないのだろう？」
「勿論です。でも、舌に比べたらペニスの感覚なんていい加減なものです。
２０世紀中頃の古いものですが、日本にまだ公娼制度があった当時、娼婦たちの検診にあたった医師たちの記録があります。検診医のひとりであった桜井医師は『こんなにも不潔極まりない恥部に何故、男たちが高価な値踏みをするのか』と嘆いています。
まだ、日本が貧しい時代だったとは言え、そんな状態でも彼女たちの商売が成り立ったと言う事は、ペニスの感覚がいかに粗雑で単純であるかを物語っていると思います。
これに対し、唇や舌、特に舌は、手の指と並んで特別に敏感な部分です。何しろ、味覚、触覚、嗅覚の総合芸術のような趣があって、分布している神経の密度も他に比べ桁違いです。なにしろ、舌の神経だけで両脚全体の知覚神経より多いと言うのですから、その舌を納得させると言うのは、並大抵のことではないのです。
これは難物で、おいそれと出来るものではありません。Ｂマニュアルを知識ベース化するのに間に合えば幸運だと思っているくらいです」
「そんなに難しいものか」
ダグは意外そうだった。
「心配するな」大熊は、気楽な感じで言った。「技術屋が、難しい部分を誇張して言うのは、防御本能に加え、それを自慢しているようなものだと言う事は知っているだろう。これは必ずものになる」
「そう願いたいものだ」
と、ダグが応じた時、会議室に高見沢専務が入って来た。
「どうも、遅くなりました」
高見沢は、一同に頭を下げて遅れた事を詫びると、ダグとティナに挨拶をしてから席に着いた。
「申し訳ありません。どこまで話が進んでいるのですが」
「今、ダグがいづみをテストして、エクセレントだと誉めてくれたところだよ」
と、大熊が言った。
「それから、今、カズキから唇と舌を作る難しさの説明を受けた所だ」
ダグが補足した。
「では、丁度いい所でしたかね。例の件について、話をしましょうか」
高見沢は、大熊の顔を見て言った。
「そうだな、始めるとしよう」
と、大熊が頷いた。
「私は、失礼した方がいいでしょうか？」
一樹は、難しい話になる事を予測して、お伺いを立てた。出来れば、経営判断を必要とされるような場所にはいたくない。だが、高見沢は、首を横に振った。
「とんでもない。プロジェクト・ゼロの責任者がいなくてどうするんだ。これからの話はどちらかと言うと実務寄りだから、出来れば横田君にも同席して貰った方がいいな」
「では、呼んで来ます」
一樹は、一旦、部屋を出て横田を呼んだ。更に、美保に声をかけ、専務の分のコーヒーをいれてくれるよう頼む。
横田が席に着くのを待って、大熊は言った。
「エクスロイド・タイプＳＸは、ダグ、君の注文で開発に取りかかったものだ。君の注文は、ロボットのコールガールだったね」
「その通りだ」
「しかし、こうやって作ってみると、呼ばれて客の部屋に行く、と言うのはロボットにとって問題があり過ぎる」
「そうかもしれないな」
ダグは、重々しく頷いた。
「エクスロイドの自律判断力には限界があるし、空間認識能力も人間に到底及ばない。最初に説明した通り、初号機にしても、部屋に配置したカメラとセンサー、それに外部コンピューターであの性能を実現している。
あれをスタンドアローンで動作するようには出来ない、と思う」
「それで、どうなると言うのだね」
「つまり、コールガールとしての運用は出来ない。今、試験して貰ったように、娼婦のいる部屋に客が行ってサービスを受ける、と言う形態になるのではないか。古典的な、遊郭（クォーター）方式にするしかないのではないか」
「なるほど、一理あるな。事前に打診もされていたけれど、私も、数十万ドルもするエクスロイドを客の部屋に送り込む、と言うのには問題がある、と思っていた。
また、日本ではそうした遊郭方式のセックスサービスが数多いと聞いた。それで、私の方でも調べてみたんだ。ティナ、例の資料を」
ティナが、ビジネスバッグから分厚いファイルを取り出した。Ｂマニュアルには及ばないが、かなりの分量のある資料だ。
「これは、日本の知り合いから譲って貰ったものだ。『ソープランド』と『ファッションヘルス』の経営と接客マニュアルだ」
「ソープランド」に「ファッションヘルス」は、日本の性風俗産業の代表とも言える存在だ。いずれも、店舗型の営業スタイルを取り、基本的には店内の個室で、女性従業員が客の男性に対し、性的サービスを行う。勿論、売春防止法に基づき性行為は行われていない事になっている。
ただし、ソープランドにおいては個室（浴室）内での事は店のあずかり知らぬ事になっており、客の男性と女性従業員の”自由恋愛”による性行為は常態化していた。事実上、これは黙認されており、本番（性行為）の出来る風俗として、根強い人気があった。
「これは、どうやって？」
「知り合いの元ヤクザ・オヤブンから手に入れた。
日本でも、この商売は同様に苦しいようで、新しいビジネスを始めようと思っている、と相談を持ちかけたら、乗り気で情報を提供してくれた」
ダグは、気安く言ったが、高見沢は少々狼狽して言った。
「ホクトの事を言ってしまったんですか？それに、ヤクザと関係を持つ訳には……」
「勿論、ホクトの名前は出していない」と、ダグは否定した。「それに、ヤクザ稼業からはとうに足を洗っている、と言っていた。今は、カタギのビジネスをしている、と」
ソープランドやファッションヘルスが堅気の商売、と言うと疑問だが、と一樹は内心苦笑したが、自分とてロボット娼婦を作ろうとしているのだ、人の事は言えたものじゃない、と表情を引き締める。
「私は、こう言う形態でのビジネスは経験した事がない。
そこで、こうしてマニュアルも手に入れ、実際に体験もしてみた。そして、これは考えようによっては商売を拡張する機会でもあるし、効率のよいニュービジネスとなる可能性があると思ったのだ」
「そうか。実は、日本では、既にエクスロイドを改造して、こうした店舗形式で営業している例が既にあるんだ」
大熊は、「オイロット風俗店」の話をざっと話した。横田が補足して説明をくわえる。
「なるほど」
ダグは感心したように言い、深く頷いた。
「さすがは、エクスロイド発祥の地だけのことはあって進んでいるな。だが、それが正解だと思う。
エクスロイドを使った売春業の場合、遊郭方式が優れているのは、勿論、テツの言うようなコンピューターの容量、エクスロイドの性能など、技術的な理由だけでなく、営業的なプラス要因も多いのだ」
「ほう、それは？」
大熊は、興味深げに訊いた。
「まず、第一に、エクスロイドが盗まれたり、傷つけられたりする危険性がほとんどなくなる。
アメリカの治安もずいぶんマシにはなったが、東京のような訳にはいかない。
コールガールの女の子をホテルに送り込む時でも、一見の客とか、”クサい”客の場合、女の子に発信器をつけたり、マイクを忍ばせたりして監視体制を取り、保護役を貼り付ける必要がある。変態の男は多いし、料金を踏み倒そうとしたり、また、女の子に薬物を与えてさらってしまおうとするヤツもいる。
こういう不良客対策は、この商売で切っては切れないものだ。
だが、遊郭方式なら、この手の出費はほとんど不要だろう。これは、このマニュアルを見て気付いたのだ。日本のこれらの店舗はやけに収益がいいな、と。これは治安がいいだけでは説明のつかない、店舗型における大きなメリットだ。
エクスロイドの場合、殺人や傷害事件は起きないが、それでも１機数十万ドルのエクスロイドを壊されたり傷つけられたりしては堪らない。やはり、人間の女の子同様、配慮は必要だ。
客の中には、変態が必ずいる。殺人や傷害には問われないから、とエクスロイドに切りつけたり、首を絞めたりする連中も必ず出て来る。
通常の社会でも、人口の５％くらいは持て余し者なのだから、こうした稼業での客の１０〜２０％が異常嗜好を持っていた所で驚くには当たらないんだ。
今の所、会員制にして敷居を高くしているが、ビジネスを拡大していく中で、不良客の増加は避けられないものだと思う。
店舗型の営業スタイルをとった場合、こうした不良客に対する対応が楽になるんだ。
つまり、客が店を出る前に、部屋やエクスロイドを点検し、異常があった場合に、その責任を問えばよい。責任を問われると判っていれば、無茶な事をする客は減るし、まともな客は安く遊べる」
「なるほど」
「エクスロイドの方でも対応が取れますね。まずは、音声で警告し、それが繰り返されれば、例えば男性の声で高圧的な警告を出すように切り替える、とか」と、高見沢が口を挟んだ。「部屋と連動させれば、部屋を自動施錠し、保安要員が到着するまで部屋に閉じ込める、と言う手もあるでしょう」
「そうか、部屋を含めた統合システムと言う事は、そう言う事も出来るようになるのか。それは好都合だ。
しかし、それでも、客が部屋を出てから係員がチェックをする必要があるだろうな。
身体に落書きをするとか、着ているものや部屋を汚すとか、とんでもない事を思いつく人間がいるものなのさ」
ダグは、困ったものだ、と言う風に肩をすくめた。諦め気味に言うのは、今までそうした例を数多く見ているせいだろう。
「いずれにせよ、遊郭方式ならこうした問題なら幾らでも解決方策がある。これは、やり方ひとつで大きな商売になる。
施設としては、ホテルに近い形式が便利かもしれない。あるいは、空き室が多くて困っているホテルのフロアをいくつか使用する、というようにすれば、初期投資が少なくて済みそうだ。泊まり客は、知らぬ顔で楽しむ事が出来るから、ホテルもいい商売になるだろう。
そうだ、プロジェクト・ゼロにちなんで、ゼロ・クォーターと言う名前はどうだろう？
ゼロ・クォーターは、豪華な雰囲気にしたいな。安っぽい遊び場ではなく、高級な場所だと言う印象を与えたい。いくらロボット相手でも、受付で顔を見られたくないと言う人もいるだろうから、これも無人化したい。
客が女の子を選ぶには、どんな方法がいいだろうか？」
まだ、エクスロイド・タイプＳＸが完成にほど遠い状態であるにも関わらず、ダグは次から次へと浮かんで来るアイデアを青年実業家のような情熱を込めて話した。
「商売の構想は君に任せるよ。われわれには知識も経験もない」大熊は、苦笑しながら言った。「だが、君が遊郭方式を了解してくれ、Ｂマニュアルを提供してくれたので大助かりだ」
「つまり、エクスロイド・タイプＳＸはものになる、と」
ダグは目を輝かせた。
「期待してくれ。それに応えられるよう、頑張る」
「いよいよこれで、日陰稼業のコールガールビジネスから足を洗えるかな。ゼロ・クォーターは、ある意味、ゲームセンターのようなものだから、これはまぁ、正業のうちだろう。ちゃんと税金も納められるだろうしな。
これで、私も売春宿の親父を辞めてから死ねそうな雰囲気になって来たし、ティナにも世間に顔向け出来る仕事を残せそうだ。
これも、ジョージが私にタレ込んでくれたお陰だ――そう言えば、ホクトはジョージ・クルーガーに損害賠償請求をしたのかね？」
「いや、違約金だけは払って貰ったが……」
「損害が出ていないものを請求する訳にもいかないだろう？もし、これが大きな利益を出すようになったら、ホクトはヤツにボーナスを払う必要があるんじゃないかね？」
大熊と高見沢は顔を見合わせて苦笑した。
「戻ったら、新ビジネスの会社を立ち上げないといけないな。その時には、ジョージに重役の席を用意してやろう」