Ａｃｔ．４ いづみ
プロジェクト・ゼロの性交用エクスロイドのプロト・零号機は、組立の最終段階に入っていた。
エクスロイドは、完全人型の内骨格ロボットだ。
骨格は軽量化の為、軽合金とカーボンファイバーで作られ、無潤滑セラミック製の関節を持つ。
骨格の配置・形状はほぼ人体と同様になっている。
その作動は人工筋肉による。人工筋肉は、イオン導電性高分子ゲルを利用したもので、電力により作動、高い反応速度と耐久性を有する。
人工筋肉は、ほぼ人体と同じ配置とされ、基本的に骨と骨を繋ぐ。例外は顔面で、頭蓋骨表面の電極に繋がれた人工筋肉を、顔面を構成するバイオフォーム製シートに接続し、表情を作り出すようになっていた。
身体の方は、人工筋肉組織を全身タイツ状のバイオフォーム製シートで覆い、シートと人工筋肉層の間には半固形のゲル状シリコンが注入される。
シートの表面に伝熱膜・感圧膜など機能膜を配置、最終的に人肌に近い感触のバイオフォーム製表皮で全体をカバーすることになる。
動力源はリチウムイオン充電池である。
腹部に配置されるのだが、零号機の場合、抱いた時の違和感を無くす為、柔らかな緩衝材でくるんで搭載した為、搭載量が大きく減少していた。ただし、それでも満充電で約１時間は動ける計算だった。
胸郭内には電源制御部、冷却系などの機器類が配置されている。
エクスロイドは空冷式の冷却システムを採用している。機器類の発する熱は、伝熱膜を使い機体表面から放出されると共に、呼吸を利用して強制空冷を行うようになっていた。
零号機の場合、抱いた時に違和感を感じさせないよう、表面冷却には制限が加えられた。
若い女性の裸体を写したサーモグラフを参考にして、同じ様な温度分布となるようにした為、表皮からの放出熱量が減少するのは避けられないのだ。
この冷却も頭の痛い問題だった。
ただ、立って芝居をするのがメインのエクスロイドに対し、性交用であれば、基本は寝ている訳で、運動量自体は小さく、発熱量も少なくなるのでは、とも考えられた。
この辺は、何処かで割り切り、見切り発車するしかない状況だった。
零号機の最後の仕上げは、エスクロイド・タイプＳと同様、試作工場で行われる事になっていた。
表皮の仕上げと、植毛などは、未だ職人芸の世界だ。
一樹は、試作の仕事の質には疑問を持っていなかったが、職人気質の強い職場だけに、満足の行く所まで仕上げようとするので、日程が延び延びとなり、完成をあおられている一樹たちをやきもきさせていた。
零号機が２課の執務室に到着したのは、７月も２週に入った頃だった。
その日、いつもより少し遅く出勤した一樹が、メールに目を通していると、古池が訊いた。
「あれ、買ってくれましたか」
「ああ、持って来たよ」
一樹は、鞄の中から包みを出した。包みの中身は、若い女性向けのナイトウェアだった。
昨日、完成した零号機が執務室に届き、今日、起動させると言うので、それに合わせて買っておいたウェアを持って来たのである。
衣服を着せる前提のエクスロイドと違い、零号機は、全身がリアリズムの極致のようなものだ。しかも、それが飛び切り美しい若い女性だから、完成状態をそのままにしておいたら目のやり場に困るのは明白だった。
数日前の事だ。
「やはり、裸と言う訳にはいかないですよねぇ」
と、言い出した古池に、
「そうだな、じゃ、お前、何か服を買って来いよ」
と、横田が言った。
「ナイトウェアがいいですよね。簡単に着せられるし」
「脱がせ易いしな」と、横田が混ぜっ返す。「実験の時にも気分が出ていいじゃないか。じゃ、よろしく」
「よろしく、って」
「お前が言い出したんだろ、実験担当。実験に必要なものなんだから、お前が用意するのが当然だろう」
「いやですよ、女もののナイトウェアなんて買うのは」
二人が、冗談半分でやり合っているのを聞いていた一樹は、こう言う時には、女性がひとりもいないと言うのも意外な所で不便なものだと思いながら、言った。
「まぁまぁ。そう言う事は、おれがやるから、心配すんな。ナイトウェアを着せたいと言うのも、買うのが恥ずかしいと言うのも、どちらももっともだ。だから、おれがネットで買って持って来るよ」
二人は、明らかにほっとした顔で言った。
「大賀さんは、買うの平気なんですか」
と、横田が尋ねた。
「買わずに済めばそれに越した事はないが、この場合、おれが買うのが無難だろう。他人に頼める事じゃないんだから。横田だって、嫁さんに頼める事じゃないだろう」
「そりゃそうですけど」横田は苦笑した。「理由を言わずに、若い女用のナイトウェアを買って来いなんて言ったら……騒ぎのタネになるだけですしね。理由は絶対に言えないし」
「その通り。２課に女性が入らない限り、誰かがやるしかない。男所帯は、気ままだけれど不便なものと、昔から決まっている」
一樹は、笑いながら言った。
「大賀さん、趣味いいですね。これなら、いづみに似合いますよ」
包みを開けた横田が言った。ナイトウェアは、淡い黄色のシースルー素材の生地を２枚重ねたデザインだ。裾にあしらわれたデイジーの花模様が可憐で、身体のラインがはっきり透けて見える程ではないので、清楚な感じがする。
「でも、何で黄色なんですか？」
「ま……試作機だしな」
一樹の答えを、らしいと思ったのか、横田はくすりと笑った。
「ウェアはともかく、そろそろ出せるんじゃないか？」
一樹は、上半分が透明の棺のような安定槽の中に、仰向けになって横たわる零号機を見ながら尋ねた。
「はい。表皮の定着は問題ないと思います。充電も完了しています」
と。中崎が答えた。
「よし、出してみるか」
一樹は、独り言のように言った。
エクスロイド組立の際、着肉と仕上げが全部終わると、接着部分の完全硬化と、着肉した時に変形したバイオフォームの安定の為、２０度で５〜８時間放置する。この工程を、ホクトでは定着と呼んでいた。
定着が終わると、バイオフォームは、人工筋肉や、表皮としっかりと結合し、身体の動きに応じ、まるで本物の肉体のようなよじれや皺までが生じるようになる。
零号機の場合、最初の試作品なので、定着時間を１２時間取る事になっていた。
今回、前夜全ての作業を終えたのが９時頃だったから、零号機は午前９時に出す事になっていた。まだ９時までは５分あるが、この程度の誤差は問題ないだろう。
「温度合わせます」
古池が、安定槽を操作し、内外気温を合わせていく。数分後、温度が均一になった。
「開けてくれ」
一樹が命じた。古池が安定槽の透明な蓋を開く。同時の周囲のパネルが下がって、ベッドの上に横たわる零号機・いづみの全身が露わになった。
まだ起動はしていないが、充電の為、通電しており最低限の機能は生きている。内部冷却の為に、微かに呼吸もしているので、まるで本物の若い女性が静かに眠っているようだ。
肌はみずみずしく輝き、豊かに張り詰めた乳房は横になっても形を崩す事無く盛り上がり、下腹部には慎ましげな陰毛が見えた。
思っていた以上の存在感だった。殺風景な執務室に不似合いなほど生々しい女体の迫力に、思わず沈黙してしまう。
「基本動作試験をしよう」
いつまでも黙って見つめている訳にもいかず、一樹は切り出した。横田が、操作用端末を手に取り、起動操作を行う。
「予備起動します。補助よろしく」
横田が言うと、古池と中崎が安定槽の左右についた。これから、いづみを起こすので、万が一の転倒などに備えて待機するのだ。
「予備起動」
次の瞬間、いづみが目を開いた。ゆっくりと身体を起こす。
予備起動は、エクスロイドを、操作端末からの単純なコマンドで動かすモードだ。本格起動させる前の移動などに用いられる。エクスロイドは、女性型のいづみでさえ５０kgをはるかに越える。完全停止状態で動かすのは大事だからだ。
いづみをベッドから降ろして立たせ、まずはバランスパネルの上に立たせる。
古池が、バランスパネル端末に取り付き、チェックを開始する。
「重量、６０．２kg。オートバランス・・・許容範囲内。振れの周波数が設計値よりも小さいです。重心下がってるようですが、このくらいなら支障はないでしょう」
古池が報告した。
「……重いなぁ」一樹は頭を掻いた。「まぁ、よくある事と言えばそうなんだが」
骨格に金属材料を使い、バッテリーを抱えたエクスロイドを人間並みの重量で作るのは至難の業だ。そこは、さすがに機械なのである。
それはいいとして、重心高が下がっているのはちょっと気になった。
下腹部のバッテリーを一部撤去、そこにゼロ号部品を組み込んだので、むしろ重心は上がるのでは、と、一樹は思っていたが、上半身の人工筋肉の削減などもあって、思った以上に上が軽く出来ている、と見るべきなのかもしれない。
「基本機能確認、準備」
横田が試験プログラムを立ち上げる。古池が、いづみを作業台の片付けられた執務室の空きスペースに誘導した。古池は、いづみがしっかり立っている事を確認して数歩下がる。
「始め」
横田がコマンド入力すると、無表情だったいづみの表情が変わり、微かな笑みを浮かべた。
「こんにちは、いづみです」いづみは頭を下げて挨拶した。「それでは試験を開始します」
いづみの声は、モデルの彩名いずみからサンプリングしたものだ。人工声帯のチューニングも問題ないようだ。
いずみは、その場を起点に数歩前に進むと、向きを変えて円を描いて歩き、元の位置に戻ると、膝の屈伸、前屈、それから、軽く脚を開いて上半身を左右に傾けるなどの基本動作メニューを正確にこなした。
基本機能確認は、着肉の異常の有無を確認する為に衣服をつけないで行うのが通常だ。エクスロイド技術者として、確認試験など幾度も立ち会った事がある２課の面々にしても、ここまで生々しい女体そのもののエクスロイドが目の前で動くのは初めてだった。
確認をしなければ、と思いつつ、揺れる乳房や、陰唇の見え隠れする股間に視線が向いてしまう。
全体動作の確認の後、表情の動きとなる。
花びらのような唇を大きく２、３度動かすと、左右の目で交互にウィンク、それから流し目で左右を見た。最後は、華やかな笑顔になって、再び元の無表情に戻った。
「問題なし、か」
一樹は、いづみに近付き、肩に手を置いた。肌はひんやり、その奥からじわりと体温が伝わってくる感触は、人体そのままだった。
「この状態で、一度、サーモグラフを撮っておくか」
「はい」
古池がサーモアイカメラでいづみの前後を撮影する。
「ちょっと温度勾配が大きいように感じるな」一樹は、呟いた。「まぁ、あとは触れてみてどうか、と言う所か。このデータ、人間工学に送っておいてくれ」
と、一樹は、古池に指示をした。
「細かい事はさておき、出来映えは、試作品としては言う事なしだ。と言っても、これは、ただの
エクスロイドじゃないからなぁ・・・」
横田は、いづみにナイトウェアを着せかけた。
「大賀さん、次はどうします？」
横田が尋ねた。
「プログラムが走らせられるようなら、早速だが人体実験に移ろう。
それとも、その前に何かやっておきたい事があるかい？」
一樹は、一同を見回した。
「いえ、特に。作ったら、使ってみるのがウチのやり方でしょ。あとはもう実際にやってみるしかないでしょう」
と、中崎が言った。全員が頷いた。
「大賀さん、一番槍はお願いしますよ」
と、横田が言った。
「おれか？」
「ええ。昔は『初夜権』と言うものがあったそうじゃないですか。こう言う場合には、ボスがまず最初に味見をするのが順当だと思いますが」
「何を言い出すのかと思えば……」
一樹は、少し呆れて横田の顔を見た。
古い時代に、族長や領主が、自分の支配下での結婚に際し、新郎より先に新婦と同衾する権利を有していた事がある、と言う話は、一樹は勿論知っていた。
普段なら、馬鹿な事言うな、で済ませる所だが、横田の真剣な表情を見て、一樹は思い直した。
やはり、事が事だけに、さすがの横田もどう対応すべきか迷っているのだ、と一樹は思った。
ここは、リーダーとして、自分が然るべき態度を示さなければならない状況だった。
おまけに、この仕事にかかる直前、大熊社長を交えてのミーティングで、大熊は、いかにも苦労人らしく、２課の面々にこんな事を言っていた。
「今度の仕事の特殊性は、セクサロイドと言う製品そのものの特殊性の他に、性能のテストを君たちが身をもってしなくてはならない点にある。世の中も大分変わって来たが、やはり、セックスは人前で公然とやるものではないから、みんなセックスについて話をするとなると、照れくさかったり、恥ずかしかったり、いろいろと具合が悪く感じるだろう。
でも、これは仕事だ。
仕事上の事でセックスを語る時は、変に持って回った表現をするのではなく、出来るだけ事務的に、淡々と話すようにすべきだと思う」
「同感です」
一樹は頷いた。
「大賀君は、大変だとは思うが、リーダーとして、今の事をしっかり意識して、身を以てそれを示すようにしてくれ」
他でもない大熊社長から、みなの前で釘を刺されてしまっている以上、最初の機会に逃げを打つ訳にも、誤魔化すような態度を取る訳にもいかなかった。
「わかった。じゃ、おれからやろう」一樹は、あっさりと頷いた。「あとは、くじ引きででも順番を決めておくといい」
「はい」
「じゃ、すぐに始めよう。音声登録をおれのにセット、いづみを起動させてくれ」
横田は、一樹のＩＤカードを受け取ると、その声紋データを登録、いづみを起動した。無表情だったいづみの顔が、愛らしい微笑みを浮かべた。これで、いづみは、一樹の音声命令と、内蔵プログラムによる自己判断機能によって動く独立ロボットになったのだ。
現在のロボットに、命令内容の優先順位を判断させる事は、困難を伴う場合がある。その為、一樹は、零号機を音声登録したただ一人の発令者の命令にしか従わないようにする事にした。
これは、こうしたロボットの場合、好都合な事で、ひとりの客の相手をしている間は、その客の事しか聞かないし、声紋データを記録しておけば、初会なのか、何度目なのか、はっきりと判る。回数だけでなく、頻度も記録出来るから、これは、マーケッティングに重要な顧客管理情報を取得する為の一種のＰＯＳ（Ｐｏｉｎｔ Ｏｆ Ｓａｌｅｓ）システムにも応用出来るのだ。
「いづみちゃん、こんにちは」
一樹は、いづみに声をかけた。
「こんにちは」
いづみは、にっこり笑って挨拶すると、ちょっと首を傾げて、何か言いたげに一樹を見つめた。
これが、何かのプログラムを流用したポーズに過ぎない事を承知していながらも、これ程の美女に微笑みかけられ、見つめられると頬に笑みが浮かんでしまう。
「おいで」
一樹は、いづみの腕を取って、実験室へ誘導した。いづみは普通に歩いてついて来る。
執務室の一角を個室とし、実験室がある。ドアを開くと、そこは、ホテルのダブルルームと言った感じの部屋になっていた。
ダブルベットにシンプルな応接セット。実際に、セクサロイドが実用化されたら、運用はこうしたホテルの１室が中心となるであろうと想定して作ったのだ。
一樹は、いづみを先に部屋に入れ、後ろ手にドアを閉めると、いづみの手を引き、ベッドに座らせた。隣に腰を下ろし、並んで座る。
本物の女性相手なら、ここで何か話しかけるべき所なのだが、一樹は黙ったままでいた。
いづみに会話能力がなくはない。
勿論、人工的な知能がある訳ではないのだが、一般には“人工無脳”と言われる、会話プログラムを横田が組み込んでいるので、当たり障りのない、多少の受け答えは出来るはずだ。
本来、そこも試験すべきなのだが、一樹は、自分の作ったロボットと会話する事が何となく気恥ずかしく、試してみる気にならなかったのだ。
一樹は、いづみの肩に手を回し、「こっちを向いて」と、声をかけた。いづみは、微笑んで顔を一樹の方に向けたが、両手は下に垂らしたままだ。少なくとも、抱かれれば、腕を男の身体に回すようにすべきだろう、と一樹は思った。
あらかじめ動作を決めてプログラムしておけば、エクスロイドは、ある程度の自己判断能力を以て、それをこなす事は可能だ。そう言う使い方なら、ホクトには膨大なノウハウがあった。
だが、コールガールの客に、決まった動作を要求出来るはずもない。十人十色の客の行動に、どのようにして臨機応変に反応させたらよいのか、２課の誰もがはっきりとした方向性を示せずにいた。
横田は、とりあえず、命令には素直に従い、能動的な動作はせず、男の望むように受動的な動きを取る事に徹した自己判断プログラムを組んで、零号機にインストールしていた。
一樹は、いづみの顔を両手で挟んで、見つめた。顔面にも伝熱膜を入れてあるので、ほんのりと温かな手触りに違和感はない。だが、いづみの表情に変化がないのは、いかにも不自然だった。
しかし、こうして間近に眺めて見ても、いづみの顔は美しかった。
仕上げはタイプＳ相当なのだが、そもそもタイプＳでこうした若い女性を作る事はまずない。それで試作部も気合いを入れたのか、まったくもって見事な仕上がりだった。髪の生え際には、後れ毛まで表現され、ふっくらとした唇は、つい口づけしたくなる程だった。
だが、この零号機では、まだ口づけが出来るレベルにない。実用に耐える唇や口腔粘膜のバイオフォームがものになるかはっきりしていないし、口づけのプログラムもなされていない。今の所、美女の唇を楽しめる状況からはほど遠かった。
次に、一樹はいづみの身体に両腕を回し、しっかりと抱き締めてみた。滑らかな肌触りはいささか人工的ではあるが、ほんのり暖かい感じは申し分なく、表面温度に違和感を感じる事はなかった。だが、腹部の固いのが気になった。柔らかい内臓しか入っていない人間と異なり、電池が詰め込まれているからだ。この辺り、要素部品を含む本格的な設計変更が必要だろう。
また、若い女性独特の甘酸っぱいような体臭がない。
中崎は、最終仕上げの後の洗浄に人間用の石鹸を使うよう指示をしており、確かに清潔な石鹸の香りはするのだが、やはり体臭がなくては物足りない。
抱き締めたまま身体を倒し、いづみをベッドの右側に横たえると、一樹は、一度身体を離し、枕元に準備して置いたメモに、今までの所見を書き留めた。
メモし終えると、一樹は、衣服を脱いで、ベッドの脇にある駕籠に放り込んだ。部屋は冷房が効かせてあるものの、これから行う事へ向けての緊張と不安、それに興奮で身体が汗ばんで来るのを感じる。
一樹は、仰向いて横たわっているいづみの横に座り、見下ろした。
淡い黄色のナイトウェアに覆われた胸が微かに上下していて、見ている限りでは、それは生きている若い女性の寝姿そのものだった。
一樹は、前開きのナイトウェアを、裾の方からそっと開いて行った。泡立つように乱れた薄い布の間から、見事なプロポーションの下半身が露わになる。２次元の投影映像に過ぎないヌード写真ですら、充分に性欲を刺激するのだから、作りものと判っているにしても、目前に見事な女体のコピーを見た一樹の身体が、本物を見た時と同じように反応し始めたとしても不思議はない。
自分で作った人形に欲望を感じるのは、我ながら浅ましいと思わないでもなかったが、とは言え、この期に及んで実験出来ないのも立場上困る。一樹は、情けないような、ほっとしたような気分で、ベッド脇のテーブルの上に用意された、ローションを入れたボトルを手に取った。
このローションとは、主に風俗産業で使われる人工潤滑剤だ。主成分は、生分解性のある水溶性ポリマーで、食品の増粘剤にも利用されている。様々な用法で使用されるが、中崎が注目したのは、性器の潤滑補助としての用途だった。
いづみの性器にはまだ潤滑装置が間に合ってないので、ローションを手作業で注入して代用しようと言うのだ。
ローションを入れるボトルは、古池が用意したのだが、何と社員食堂で使うソース入れだった。一樹は、余りの風情のなさに笑い、ちょっと萎える。
いづみの腿に手をかける。力を入れると抵抗無く、いづみは脚を開いた。一樹は、零号部品にボトルの先端を挿入し、ローションをたっぷり注入して脚を閉じさせた。
一樹は、ボトルをテーブルに戻すと、下着を脱いでベッドに横になり、いづみの身体を抱き寄せた。
ちょっとぎこちないが、あまり抵抗もなく、寄り添う姿勢を取る。こうしていると違和感はあまり感じない。
反応を確かめようと、一樹はナイトウェアを脱がせ、乳房を揉んだ。
いづみは、一瞬、視線を向けると、目を閉じ、口を小さく開けて軽くあえいだ。ただ、冷却用の空気の出入りはあるものの、上下する胸と声にずれがある。気にしすぎかもしれないが、手を入れた方がいいだろう。一樹は心の中にメモをした。
しかし、中年期に入りかけた男の身体は、頭が仕事の事を考えると萎縮しそうになる。
まずは、やってしまうことだ――と、一樹はいづみの脚を開かせて間に身体を入れ、２、３度、陰茎をしごいてそそり立てると、指先で濡れた唇を開きながら、恐る恐る挿入していった。
亀頭部を入れた所で、一樹は、いづみの腰骨の辺りを押さえて一気に挿入した。
いづみが、息を詰めるような声を上げ、背中を反らす。
一樹は、思わず腰を動かしながら、いづみに覆い被さっていった。胸の下でおしつぶされた乳房の感触が心地よい。
しばらく続けるうちに、感圧センサーからの入力値が一定の積分値に達し、いづみも反応し始めた。一樹の動きに合わせて腰が動き出した。その動きは、徐々に激しくなり、のけぞるようにして一樹の腰に手を回し、恥骨の辺りを強く押しつけてくる。その度に、痙攣するような締め付けが来る。
たまらずに一樹は上体を起こした。
明るい室内だから、目を閉じたいづみが、眉を寄せ、あえぐ様子も見える。この表情は、ＡＶを参考に、何かの演技に必要なプログラムを流用して横田が作ったものだ。器用な横田らしく、そつなく出来ているのはさすがだった。
いづみの締め付けは次第に刺激的になり、経験の少ない一樹は、すぐに耐えきれなくなって果ててしまった。一樹の射精を、精液に含まれる燐酸カルシウムと塩化カルシウムの比率で検知したいづみは、激しく反応した。
長い脚を一樹の腰に絡め、かすれた細い悲鳴のような声を漏らす。一樹を包んだ零号部品が、吸い込むような締め付けをした。
一樹もぐったりといづみに身体を預け、しばらくそのままでいたが、やがてごろりと反転し、上体を起こした。
いづみは、暫く目を閉じ、寝乱れた姿のままでいたが、すぐに呼吸も元に戻し、身体を真っ直ぐに伸ばして、元の姿勢に戻った。それは、それまでいくらか感じていた肉の感覚からかけ離れた、いかにも無生物らしい姿だった。
実際の若い女であれば、終わると同時に眠り込んでしまわない限り、何らかの形で恥じらいの色を示すはずだ。ナイトウェアの前を合わせるなり、シーツを被るなりするはずだが、そこまでのプログラムはまだ出来ていない。
一樹は、自分の下腹部をティッシュで拭うと、まずメモを取って、ここまでの所感を書き留めた。
いづみを立ち上がらせて、全身を触ってみる。別に２回戦目を試みるつもりはなく、体温上昇をチェックしているのだ。肋骨の下あたりに熱を感じる。やはり、冷却能力が不足しているようだ。
それからシャワーキャップを被せ、シャワーを浴びせて全身を洗う。それから、高圧洗浄ノズルを零号部品に挿入して、ローションと共に、自分の精液を洗い流す。
自慰の後始末をするような、ちょっと惨めな気分だった。この辺りの作業は自動化しなくてはな、と思う。
自分もシャワーを浴びてから、一樹はいづみに冷水シャワーを浴びせて熱を取り、綺麗に拭き上げてからナイトウェアを着せて、休息台に座らせた。
休息台に内蔵の非接触式の充電器が、いづみのバッテリーに充電を始めたのを確認してから、いづみを予備起動状態にする。
それから衣服を着、汚れたシーツをベッドから剥ぎ取って洗い物入れに放り込み、新しいシーツを引き直す。後かたづけをしているうちに、何となく物悲しい気分になって来た。
この仕事が日陰仕事と言うのは承知してやっているし、その事について、社長や、ダグラス・トランプを恨むつもりもない。
悲しくなったのは、まるで自慰のような行為と、それでも尚、射精までしてしまった己の生理だった。
セックスとは何か――一樹は、訳が分からなくなっていた。自分が何を作り、何をしたのか、その整理がつかなかったのだ。一樹は、混乱の中で暗澹たる気分に陥っていた。
メモを持って席に戻ると、それぞれの仕事をしていた４人の部下が一斉に一樹を見た。
「どうでした？」
横田が、真剣な表情で尋ねた。
「そんな、こわい顔をするなよ」一樹は、ひとまず笑いながら言った。「とにかく、使える事は確かだ。気付いた事はメモを取ったけど、これを言ってしまうと、先入観を与える事になる。全員が経験するまで、お互いに感想は言わないようにしようと思うんだ。
全員が終わってから、それぞれがレポートを発表し、結果についてざっくばらんに話合い、今後の方針を定めたいと思う」
「そうですね」
横田は頷いた。他の誰も異存はないようだった。
「古池くん、零号機は、ひとまず洗浄して、汚れ物も片付けておいたけど、零号機と、実験室の状況を確認しておいてくれ。充電完了後、次の実験が出来るようにね」
古池が、実験室に向かうのを見ながら、一樹は思った。
（今日は、長い一日になりそうだ）