アレックス

時はすべてを破壊する

　今日は、伊勢佐木町の横浜ニューテアトルで、「アレックス」を観て来ました。

　初公開のカンヌでは退場者続出で、非難轟々、昨年の東京映画祭でも、公開されたものの、これまた映画祭終演に向けて盛り上がろうとしていた観客に冷や水ぶっかけるような内容で、これまた非難の嵐。
　更に、映画宣伝ポスターがエロチック過ぎる、と言う理由で、駅張りを止められるなど、事前の騒ぎが結構大きかったので、どんなもんかな、と警戒していましたが、劇場に客はまばら。
　それも大半が、成人指定の文字と、モニカ・ベルッチのセクシーさに、これをポルノ映画と勘違いして入って来たおじさんたちでした。(^^;

　映画が始まると、いきなりエンドクレジットが逆に流れ出します。（下から上に）
　しかも、一部の文字が反転させてあるので、最初は、これ、クレジットも裏焼きしてあるのか、と思いました。
　そして、次にはクレジットが斜めに傾いて行きます。
　この辺りで、監督、まともに見せる気がないな、ってな事が判って来ます。
　そして始まる物語は、物語の結末から、カットごとに時間を逆に遡っていくもの。
　この構成は、「メメント」でも例があるし、すぐに判りました・・・が、とにかく、この映画の前半部分は強烈に不快なのです。
　手持ちカメラどころの騒ぎじゃなく（恐らく、クレーンか特殊なカメラ台を使っている感じ）カメラは揺れ、と言うかぐるぐる回り、しかも夜間、暗い所を
写しているので、すぐに何を撮っているのか判らなくなります。
　これにはどんな意味や、表現の目的があるのか判らない・・・と言うより、監督が、観客に不快感を与えようとしているのだけははっきりと判ります。

　そして物語が、終末から原点に向けて動き始めます。

　冒頭、この映画の主人公であるマルキュスが、友人のピエールの制止を振り切って、クラブ「レクタム」に駆け込み、ある男の行方を、聞いて回って行きます。
　それを追いかける、カメラの先にあるのは、
　むせかえるような熱気、
　男同士の性行為（それもあまりまともじゃないもの）、
　そして・・・男を見つけたマルキュスは、男に襲いかかる。
　だが、男の逆襲にあってマルキュスは腕を折られ、それに逆上したピエールが、男を消火器で撲殺する・・・なんで。なんで、こんな事になってしまったのか・・・映画は、それを逆に辿り始める・・・

　この前半部分、これは本当に気持ち悪い。
　（はらは「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」でも「ダンサー・イン・ザ・ダーク」でもダメだったので、この辺り、吐き気との戦いでした）
　だけど、この気持ちの悪さと言うか、音楽や効果音まで含めて、人の神経を逆撫でするようなこの前半部分は、確かに特異なもので、ある意味、一見の価値あり、と言えるかもしれません。

　映画中盤に、この映画、最大の見せ場と言える、モニカ・ベルッチ演じるヒロインのアレックスがレイプされ、しかも殴る蹴るの暴行を受けるシーンがあります。
　このシーンでは、うって変わってカメラが全く動きません。
　延々と続くレイプシーン（約９分）は、これも、ある意味で、不快感を与えるものかもしれません。

　これで、冒頭の男への暴力というのが、このレイプ犯に対する復讐であった事が判ります。
　そして、アレックスの婚約者であるマルキュスが、コカインをやっており、映画前半部のひどく揺れる画面が、怒りとコカインの酩酊で揺れていたマルキュスの感覚を表現していたものである事が判るのです。
　
　問題はこの後で、この映画、ここからはある意味で普通の映画になってしまいます。
　むしろ、退屈とも言っていい展開を、モニカ・ベルッチの美しさだけで引っ張っているような印象です。

　確かに、美しく幸せそうなアレックスの姿を見れば、彼女が理不尽な暴力の犠牲になる事に心が動かされます。
　しかも、彼女は以前から子供を欲しがっていて、マルキュスとの間に出来た念願の子供を妊娠しているのですが、レイプのショックで流産した事が示唆されるのですから、監督も人が悪い。
　でも、この映画、結果から逆に遡って来ているので、その心の動きの持って行き先がありません。
　「こうなってしまったんだから、仕方ない」と言う、現実での後悔にも似たひっかかりが心の中に残るだけ。
　普通の映画であれば、まず、幸せな恋人たちを描き、そして、それが壊された憤りを持って復讐に臨み、復讐によってカタルシスを得るようにして決着がつけられる所を、この映画は、敢えて結末から描く事によって、カタルシスも何も得られないような構成にしているのです。
　映画の中で言う「時は全てを破壊する」と言う言葉通り、時間の流れを逆にするだけで、物語は崩壊し、その場限りの映像と音声に、観客は、感情を揺さぶられるだけになるのです。

　この映画、予算的にも低予算、構成の巧みさは「メメント」には及ばず、それこそモニカ・ベルッチのレイプシーンを目玉に客寄せするような映画ですが、ラストシーンの光刺激症を引き起こさせそうな映像も含め、ここまで、観る人を不快にする事を目的とした、その内容は、ある意味でスゴいです。

　まぁ、それでもあまり人に勧められる映画じゃないなぁ、これ。

　（２月９日　伊勢佐木町・横浜ニューテアトルにて）

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