リップヴァンウィンクルの花嫁
これは、「スワロウテイル」や「花とアリス」の岩井俊二監督による、久々の実写映画。
臨時教員の皆川七海は、ＳＮＳで出会った男性となんとなく結婚する事になる。
結婚披露宴では、七海側の親族が足りないと、これまたネットで紹介された“なんでも屋”の安室に偽装親族を用立てして貰って……
新婚早々、夫の浮気騒動が発覚するが、義母からは逆に七海の浮気と、結婚式での偽装工作を詰られ家を追い出されてしまう。
途方に暮れる七海に、安室は奇妙なバイトを斡旋する。それは、豪邸で住み込みメイドとして働く事だと言うのだが……
七海を演じるのは黒木華。これまで“少女”を撮り続けて来た岩井俊二にしては珍しい事に、社会に出て働き、結婚もする女性を主人公に、実年齢も七海に近い黒木華が等身大で演じているのですが……七海も、物語後半で登場するＣｏｃｃｏ演じる真白も、何処か地に足をつけていない印象で、大人になり切っていない“少女”の危うさを持っています。
その意味では、この物語も、主人公は“少女”であり、これは、現実を生きていない“少女”が、怒り、心から笑い、そして悲しみを知って、現実と向き合える大人の女性となって行くものなのです。
映画冒頭の七海は、正に突然、社会に放り出された子供のよう。周囲の現実に戸惑い、遠慮をして、大声を上げる事も出来ません。
そんな七海が逃げ込んだネットの世界で、これまた簡単に出会いを得るのですが、現実には向き合えません。彼氏と同じ部屋にいても話も出来ず、手にしたスマホのネット世界に逃げ込んでしまう様は、現実でもよく見る光景ではありますが、七海の幼さをよく表していると思います。
そして、後半の豪邸でのメイド生活は、これまた対照的に、そんな七海の幼さ＝少女っぽさがピタリと嵌るファンタジー世界。
黒木華のメイド服姿は、意外な程に似合い、メイド服で、或いはウェディングドレスで、真白とはしゃぐ様は、まるで少女アイドルのイメージ映像ですが……まぁ、これも岩井俊二の持ち味ですから。
また、岩井俊二らしさと言えば、今回も随所に現れます。
“なんでも屋”安室のフルネームは「安室行舛（あむろゆきます）」、その友人のハンドルネームが「ランバラル」ですからね……
物語終盤、真白に思わぬ生々しいドラマを背負わせた物語は悲劇を経て現実へと帰還します。
実は、その“悲劇”を仕組んだのは、“なんでも屋”の安室なのですが――この辺り、実はなかなか恐ろしい設定。安室は実に巧妙に罠を仕掛け、七海を落とし込んで生け贄にしようとしたのです。七海が生還出来たのは、正にファンタジー世界のような暮らしの中で、逆に大事なものを見つけ、真剣にそこに向き合ったから。
今や、現実を生きようとしない人々が増えて来ている中で、現実に向き合う事の大切さを訴える、時代性も反映した物語には感心しました。
黒木華は、冒頭のふわふわと頼りなげな様子から、終盤には逞しさを見せるようになる七海の成長を見事に演じていますし、地味ながらも美しい彼女の姿をスクリーンに写し取った岩井俊二もまた見事。
優しい悪魔のような安室を魅力的に演じた綾野剛、これまた見事な女優っぷりを見せるＣｏｃｃｏと脇を固める俳優らもいい。
３時間にもなる映画で、いささか冗長に感じはするけれど、いかにも岩井俊二らしい少女趣味を、時代性を掬い上げた物語に絡めて描き切った映画で、これは満足の１本でした。
（年 月日 にて）
（作品データ）
■監督
岩井俊二
■出演
皆川七海 ・・・ 黒木華
里中真白 ・・・ Cocco
安室行舛 ・・・ 綾野剛
（その他のキャスト）
原日出子 地曵豪 毬谷友子 和田聰宏 佐生有語 夏目ナナ 金田明夫 りりィ
希崎ジェシカ 真白希実 森下くるみ
■コピー
「この世界はさ、本当は幸せだらけなんだよ」
■Ｌｉｎｋ
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