これは、「ミッドナイトスワン」の内田英治監督が、YouTubeで偶然目にした警察音楽隊のフラッシュモブ演奏の映像から着想を得たオリジナル脚本＆監督映画。
　主演は阿部寛。共演には、清野菜名、磯村勇斗、高杉真宙と勢いのある若手が顔を揃えます。

　犯罪捜査一筋３０年の鬼刑事、成瀬司は部下に厳しく、犯人逮捕のためなら違法すれすれの捜査も辞さない男。
　家族もろくに構わず、妻とは離婚、ひとり娘の法子からも愛想を尽かされている。そんな成瀬は高齢者を狙った「アポ電強盗事件」が相次ぐ中、成瀬は５年間追っていたホシが事件の首謀者だと目星をつける。
　だが、コンプライアンスを無視した行動が仇となり、本部長から異動を命ぜられてしまう。どうせ、刑事部内での異動だろうと高をくくっていた成瀬だったが、異動先はまさかの広報部付警察音楽隊だった……

　この映画ですが、音楽隊にやって来た素人を巡る軽妙なコメディを予感させるタイトルと予告編に対し、意外にもシリアスな警察ドラマ――そして、これは初老のサラリーマンにこそ響く映画だと思います。
　主人公は、５０過ぎのベテラン、その仕事スタイルは、時代に合わなくなって来ていて、同僚からのパワハラ告発で、閑職にトバされるのです。
　仕事一筋で家庭を顧みなかったせいで妻は家を出て行き、娘からも縁を切られ、実母は認知症が進んで息子の現状を理解していない。
　慣れない仕事には身が入らず、かと言って、元同僚は「あんたはもう部外者だ」と口も聞いてくれず……３０余年積み上げた仕事だけでなく、家庭も仲間も全てを失い、失意の挙句、男は命の次に大事な警察手帳を飲み屋に忘れてしまう……

　このどん底からの再出発が、映画の見せ場となります。
　「トップガン」では、マーヴェリックは生き方を変えようとしませんでしたが、こちらは、それを変えざるを得なかった男の話……現実には、むしろこちらの方がありがちでしょう。
　そんな窮状で、男は、自分の子供のような年齢の新しい同僚に頭を下げるのです――「オレが間違っていた。すまなかった」と。
　これもまた、マーヴェリック同様、中年男にはなかなか出来る事じゃありません……でも、それをしなければ変わらないのです。

　これは、そんな男の再出発の物語で、この物語、そこから最後は満面の笑みに至る、このドラマには熱くなります。
　そして、阿部寛は、そんな男、成瀬を全力で演じ、映画の中の成瀬同様、ゼロからドラムを練習、吹き替えなしで、最後の演奏まで演じ切ったのだから、見事と言う他はありません。

　観客をかなり限定するとは思いますし、ドラマの方も予定調和の内容で、意外性はありません。
　阿部寛にしても、「とんび」と役柄が変わっていないだろう、とも思えますが……それでも、最後のステージには目頭が熱くなりました。　
　

　（２０２２年　８月２９日　横浜ブルク１３にて）

（作品データ）

　■監督・脚本・原案

内田英治

　■出演

成瀬司　　・・・　阿部寛

成瀬法子　・・・　見上愛

来島春子　・・・　清野菜名

（その他のキャスト）
　磯村勇斗　　高杉真宙　　板橋駿谷　　モトーラ世理奈　　岡部たかし　　渋川清彦　　酒向芳　　六平直政
　光石研　　倍賞美津子

　■コピー

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