これは、第１回木下グループ新人監督賞準グランプリに輝いた、ＣＭプランナー・荒木伸二の初長編映画。
　主演は、「水曜日が消えた」の中村倫也。

　借金取りに追われる蒼山は、黄色いツナギの男に助けられ「居場所を用意する」と、ある施設に案内される。そこでは、ネットの書き込みや、代理投票などの労働と引き換えに衣食住が与えられていた。
　ひとり暮らしが基本だが、行動は自由だし、住民同士でのセックスは、むしろ推奨される有様。だが、家族も子供も作ってはならない。
　最初は戸惑っていた蒼山だが、ここの暮らしにも慣れて来た頃、行方不明になった妹をここに探しに来たという紅子と出会う。他の住人達とは異なり思い詰めた様子の彼女を蒼山は気にかけるが……

　この物語だが、作り上げられた世界観はなかなか見事。荒木伸二監督のオリジナルだそうですが、原作もの映画が溢れる中で、監督デビュー作となるオリジナル脚本で、この完成度と言うのは感心しました。
　新しい廃墟のような独特の存在感を持つ“施設”は、福島のリゾートホテルだそうで、そうしたシチュエイションにも恵まれたせいもあって日本のインディーズ映画らしからぬ世界観とスケール感を感じさせているのは見事と言っていいと思います――ただ、フリーセックスまで描くのだったら、生と死まで描いて欲しかった部分ですが……

　キャストもなかなか。中村倫也と石橋静河と言う実力ある２人を主役に据え、個性的な顔ぶれを揃えています。印象的だったのは蒼山の施設での暮らしのガイド役となる緑を演じた立花恵理――当初、小島瑠璃子？と思ってしまいましたが……

　惜しいのは物語の方。紅子の子供がいつ出来たのか……これがどうにも辻褄が合わないし、最後のオチももう一捻り欲しい感じ。
　施設の管理者に“人数”だと言われて蒼山が激高する場面があるのですが、そんなのすぐに判りそうなもの……むしろ、外の世界では行き場がなく、生き辛さを感じていた蒼山が、施設を拡大し、これこそがユートピアだ、とするくらいの結末が欲しかった所です。
　実際、ただ“人数”とカウントされ、そこにいる事に価値がある、と言う事など、現実世界に幾らでもあるのです。それを切り売りする商売があってもいいし、この物語が描く“施設”のリアルさは、そんな”ありそうな”感じにあります。物語としては、もっとそこを思い切って描いてもよかったように思いました。

　何れにしてもよく考えられた世界観と実力派キャストで、見応えのある映画だと思います。
　荒木監督の次作にも期待したいです。
　

　（２０２０年　９月　９日　イオンシネマ海老名にて）

（作品データ）

　■監督・脚本

荒木伸二

　■出演

蒼山哲也　・・・　中村倫也
　
木村紅子　・・・　石橋静河

末永緑　・・・　立花恵理

（その他のキャスト）
　山中聡　　橋野純平　　植村宏司　　菅野莉央　　松浦祐也　　草野イニ　　川村紗也　　柳英里紗

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