淪
落
の
人

　これは、香港を代表する俳優、アンソニー・ウォン主演によるヒューマンドラマ。共演は、新人のクリセル・コンサンジ。
　香港の女性監督オリヴァー・チャンによる長編デビュー作で、昨年の大阪アジアン映画祭にて「みじめな人」のタイトルで上映、観客賞を受賞した注目作です。

　建築現場での事故で半身不随となった中年男チョンウィン。保険のお陰で生活費には不自由しないものの、事故後、妻とは離婚、息子とも離れて暮らし、人生に希望を見いだせないでいた。慰みは元同僚のファイとの会話と、海外の大学に通う一人息子の成長だけ。
　そんなある日、若いフィリピン人女性イヴリンが、住み込み家政婦としてやって来る。広東語が思うように話せないイヴリンに苛立つチョンウィンだが、ひたむきに介護を続けるイヴリンの姿が徐々に彼の心をときほぐしていく。
　やがて、チョンウィンはエヴリンが家族のために写真家への道を諦めたことを知り、彼女の夢を叶える手助けをしようと思い始める……

　この映画、「最強のふたり」の香港版のような物語ですが……出会うはずのない２つの人生が交錯する面白さがあった「最強のふたり」に対してこれは、夢を諦め、人生に彩りを失った２人が、再び夢を手にし、再び未来に向かって歩き出すと言う、よりドラマティックな物語となっています。
　イヴリンが苦境の中で撮りためた写真集にチョンウィンは「それでも人は尚夢を抱く」とタイトルをつけ、イヴリンは、そんなチョンウィンの写真に「夢をかなえる人」と銘打つ……それが、心通じ、想いがひとつとなって未来を拓く様には感動します。
　これは傑作でしょう。
　決して大げさに人を感動させようとするものではないけれど、香港の四季の移り変わりに合わせて人の心の機微を繊細に描き、静かに心打つドラマを紡ぎ出しています――まぁ、欲を言えばもう少し見せ方に工夫があってもよかったかな、と思いますし、折角、アクの強い怪優、アンソニー・ウォンを起用しているのですから、彼の煩悩を見せてもよかったかなぁ、と。　　
　エヴリンが入浴中にやかんが沸いて……と言うシーン、てっきりチョンウィンがやらかす、と思っていたのですが……結局、“ＡＶマラソン”だけとは――オリバー・チャン監督も女性なので、この辺り厭らしくなるのを避けてまとめた結果でしょうか？

　また、豊かな香港人家庭を支えるフィリピン人家政婦の集うコミュニティや、雇い主に悪態をつきながらも、その死には涙する心根などの描写も、ドラマの幅を広げると共に、香港の一面を知る、興味深いものとなっています。

　あと、チョンウィンがイヴリンの母親を怒鳴りつけ、「親がいつも正しいとは限らない」と彼女を諭す言葉には、母国（＝メインランド）中国に対する香港の気持ちが入っているようにも感じられました……この映画が撮影されたのは２０１８年ですが、現在作ったら、もっとその辺厳しい言い方になったんじゃないでしょうか。
　

　（２０２０年　２月１４日　新宿武蔵野館にて）

（作品データ）

　■監督・脚本

オリヴァー・チャン

　■出演

リョン・チョンウィン　・・・　アンソニー・ウォン

イヴリン・サントス　・・・　クリセル・コンサンジ

（その他のキャスト）
　サム・リー　　イップ・トン　　ヒミー・ウォン

　■コピー

それでも人は
　なお夢を抱く

　■Ｌｉｎｋ

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