これは、現在もビッグコミック誌で連載中のかわぐちかいじの同題コミックを「沈まぬ太陽」の若松節朗監督が実写映画化したもの。
　映画公開前に、ビッグコミック誌の特集記事に、小説家の百田尚樹が噛みついて、要らぬ騒動を起こしたりもしたせいで、妙に話題となり、映画レビューサイトが荒れていたりもするようです。

　２０XX年、クリスマスイブ前日、沖ノ鳥島の西方４５０キロにある波留間群島初島が、３年前に建国を宣言した東亜連邦に占拠され、海上保安官が拘束された。
　この事態に、政府は小笠原諸島沖で訓練航海中の第５護衛隊群を“海上警備行動”の名目で現場に向かわせる。その旗艦こそ、自衛隊初の航空機搭載型護衛艦「いぶき」であった。
　しかし、現場海域には東亜連邦の潜水艦や空母艦隊が待ち構えており、「いぶき」はいきなりミサイル攻撃の洗礼を浴びて航空機運用能力を失ってしまう。
　事態のエスカレートを望まなかった日本政府だが、航空自衛隊の偵察機が撃墜され、第５護衛隊群の艦艇も攻撃を仕掛けてくる敵戦闘機を撃墜するなど、事態は拡大して行き……

　この映画、原作コミックでは尖閣諸島が中国に占領され、更に八重山群島までが侵略されて、住民が人質になる……と言う、現実の中国の海洋進出を背景とした設定であったのを、太平洋の島々の民族国家である「東亜連邦」と言う架空の国が侵略して来る、と言う設定に改変しました。
　産業基盤のない太平洋の島嶼を根拠地とする新興民族国家が、大国でしか保有出来ない、空母や潜水艦まで保有出来る国力を如何にして得ているのか……こんな非現実的な設定への改変が、この映画のリアリティをひどく引き下げているように思います。
　さらに、そのリアリティと言う部分に関してなのですが、この映画、海上自衛隊の協力を得ていません――断られたのではなく、最初から依頼もしなかったそうです。
　企画は、「ガンダムでしか戦争を知らない」福井晴敏ですし、軍事関係の参考は、小学館SJムック「自衛隊の最新装備」と言う初心者向けのムック本……そんな事情もあって、戦闘シーンがこれまたリアリティに欠けるのです。実際、ほぼ全てのシーンに誤りがあり、指摘していたらキリがありません。
　これに比べたら、あきらかにやり過ぎと判る過剰演出な場面続出の「ハンター・キラー」だって、比較するのも失礼なくらい、「リアル」です。
　また、海上自衛隊の協力を得ていないせいで、護衛艦は全てＣＧ、艦内は全てセット撮影なのですが、これがリアリティがありません。
　（私は「いぶき」のモデルとなったいずも級の準同型艦「ひゅうが」に見学乗艦した経験があり、艦内は見た事があります）

　映画としても、政府内での対応の描写、そして護衛艦内の描写にまるで緊迫感がないのはどうした事でしょうか。
　この辺り、「シン・ゴジラ」と言うお手本があるのだし、同じ邦画同士、出来ないと言う事はない筈――確かにあれは希代の映像作家・庵野秀明の手によるものだけに、カッコよさでは適わないとしても、です。
　しかも、国家間紛争を描いているのに、相手となる東亜連邦の様子も描写されなければ、対話している描写もなく、これでは怪獣か宇宙人に侵略されているのと同じです。
　更に、終盤の展開は、「いぶき」の奮闘はほぼ無意味であり、政府の尽力により国連の安保理決議を引き出し、それによる中国、アメリカを含む国連軍の武力介入が東亜連合を後退させた、と言うもの――こんなに早く国連軍が動くのであれば、何処の国だって軍隊など要らないでしょうし、これでは日本が空母を持つ意味など皆無。最後には、とどめのように、女性ジャーナリストの「戦争をなくすと言う思いが平和を作る」的なファンタジー幻想を描いて終わると言う……本当に何をしたいのやら。

　確かに、戦後７０余年に渡って非戦を貫いた日本と、「戦わない軍隊」であるのを是として来た自衛隊のあり方を考えさせる映画になっている事は否定しません。
　でも、それならば、「今、そこにある危機」として、自衛隊が直面するかも知れない尖閣諸島防衛、或いは奪還の描写からは逃げてはいけなかったのではないでしょうか？
　「自衛隊が誇るべきは戦死者を出していない事ではない。国民に戦争被害者を出していないと言う事だ」
　など、原作から持って来たと思しき台詞には、聞き逃せない重い意味を持つものがありますし、最初の一発を撃つのに葛藤していた自衛官も、戦闘がエスカレートするにつれ、引き金を引くのを躊躇しなくなる、と言う考えさせられる描写もあります。そんな見るべき部分はありますし、キャストも豪華。それでも、原作の持っていた、現実の国際問題から導き出されるシミュレーションとして、日本が取り組むべき重要な課題を提起するものになり得えた素材を、このような毒にも薬にもならない絵空事のファンタジーにまとめた映画の出来には脱力させられました。　
　

　（年　月　日　にて）

（作品データ）

　■監督

若松節朗

　■出演

秋津竜太　・・・　西島秀俊

新波歳也　・・・　佐々木蔵之介

本多裕子　・・・　本田翼

（その他のキャスト）
　小倉久寛　　高嶋政宏　　玉木宏　　戸次重幸　　市原隼人　　堂珍嘉邦　　片桐仁　　和田正人　　石田法嗣
　平埜生成　　土村芳　　深川麻衣　　山内圭哉　　千葉哲也　　金井勇太　　加藤虎ノ介　　三浦誠己
　工藤俊作　　横田栄司　　岸博之　　渡辺邦斗　　遠藤雄弥　　橋本一郎　　後藤光利　　山田幸伸　　綱島郷太郎
　袴田吉彦　　井上肇　　藤田宗久　　中井貴一　　村上淳　　吉田栄作　　佐々木勝彦　　中村育二　益岡徹
　斉藤由貴　　藤竜也　　佐藤浩市　　伊達円祐　　岩谷健司　　今井隆利

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