これは、アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュの副大統領を務めた、ディック・チェイニーの半生を描く伝記映画。
　監督は、「マネー・ショート 華麗なる大逆転」のアダム・マッケイで、決して笑えない、ブラックジョークそのものだった「マネー・ショート」同様、これまた笑えないブラック・コメディとなっています。
　また、日本では本作の直前に公開された映画、「記者たち　〜衝撃と畏怖の真実」と同時代の話であり、それを政府側から描くと言うものなので、この２本を合わせて観るのも、理解を深めるにはよいと思います。
　
　２００１年９月１１日のアメリカ同時多発テロ。パニック状態に陥った米政府中枢でひとりの男が大きな権力を我が物にする。その男とは米副大統領、ディック・チェイニー。何故、彼にそんな事が出来たのか――時はそれから３０余年を遡る。１９６０年代半ば。酒癖の悪さで大学を中退した青年ディックは、恋人リンに叱責されて一念発起、大学に入り直し、やがて政界を目指すことになる。
　転機となったのは、下院議員だったドナルド・ラムズフェルドのスタッフとなった事。そこで政治の裏表を学んだ彼は、やがて史上最年少で大統領首席補佐官となる……

　この映画では、チェイニーをクリスチャン・ベール、ラムズフェルドをスティーブ・カレルと言う「マネー・ショート」と同じキャストが演じているのですが、特筆すべきはやはりクリスチャン・ベール。映画の中で２０kg以上増量し、チェイニーの２０代から５０代までをひとりで演じ切っています。　
　しかも、クリスチャン・ベールと来たら心臓に持病のあるチェイニーを演じる為、自ら心臓に負担をかけるにはどうしたらよいか医師に質問。
　「心臓に負担をかけるのは体重の急な増減――君が今やってる事だ！」
　と叱られたのだとか……呆れる程の役者魂です。
　また、ジョージ・Ｗ・ブッシュ役のサム・ロックウェル、決して顔立ちは似ていないのですが、八の字眉毛と、ピントの合っていない視線で、本物以上に“空っぽ大統領”ブッシュを演じてみせるのだから凄い。　

　勿論、この映画、そんな“物まねショー”だけがウリではありません。
　ブッシュ政権でのチェイニー副大統領の権力の大きさを描き、その暴走っぷりを描くと共に、一度は政界を引退したチェイニーにわざわざエンドロールを重ねて「これで終わればどれほどよかったか」と皮肉たっぷりに描くなど、作り手の「どうしてこうなった？」と言う怒りをブラックジョークに変えて描くのは見応えあります。
　そして、飲んだくれの若者が、どのように政界でのし上がって行ったのかを、綿密なリサーチに基づき描いているのですが――チェイニ−は秘密主義者で、その心の内を明かす言葉や、それを窺わせる記録と言うのが出て来なかったようです。それ故か、政敵からの娘への攻撃を避ける為に大統領選出馬を断念したと言う、そんな、よき父親としての顔も持つチェイニーが、どうして権力を私物化する怪物と化したのかが判然としませんし、副大統領のオファーを受ける事を決めた夜の描写をシェイクスピア劇の台詞に置き換えられています。
　この映画を「全部ホント」とする為に、判らない所を空想で埋める事をよしとしなかった描写は、評価の分かれる所ではないでしょうか？　
　

　（年　月　日　にて）

（作品データ）

　■監督・脚本

アダム・マッケイ

　■出演

ディック・チェイニー　・・・　クリスチャン・ベール
リン・チェイニー　　 　・・・　エイミー・アダムス

ドナルド・ラムズフェルド　・・・　スティーヴ・カレル

ジョージ・Ｗ・ブッシュ　・・・　サム・ロックウェル

（その他のキャスト）
　タイラー・ペリー　　アリソン・ピル　　リリー・レーブ　　リサゲイ・ハミルトン　　ジェシー・プレモンス

　■コピー

全部ホント。

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