エミアビのはじまりとはじまり
これは「舟を編む」で日本アカデミー賞最優秀作品賞に輝いた渡辺謙作の８年ぶりの監督作品。
主演は、盛岡龍と、“三太郎”のＣＭの一寸法師役で注目される前野朋哉。その他の出演者もなかなか豪華です。
実道と海野の若手漫才コンビ「エミアビ」。結成から１０年を過ぎて漸く人気が高まって来た矢先に、海野が交通事故で死んでしまう。
遺された実道は、海野と共に亡くなった雛子の兄で、芸人としての先輩でもある黒沢宅を訪れる。
黒沢は、香典代わりに「エミアビ」の大ファンだった雛子の為にネタを披露してくれないか、と頼んで……
この映画、芸人を主人公にしながら「笑い」を中心にしたコメディにせず、遺された者が「死」を如何に克服するか、と言うドラマに重心を置いた人間ドラマとなっています。
そうした部分で、芥川賞受賞が話題となった小説「火花」と似たような印象を受けました。
ただ、そうした場合、登場人物の芸がほとんど笑えない寒いものになってしまう事も少なくないのですが、この映画の中の「エミアビ」の漫才はこれがなかなか面白い――と言うか、森岡龍と前野朋哉は、実際に漫才コンビ「エミアビ」として、Ｍ１グランプリに挑戦して、本職の漫才師と競った末に１回戦を突破してしまったのですから、その面白さは本物でしょう。
そして、あらためて気づく、前野朋哉と言う俳優の凄み。地味な外見ながら俳優らしくいくらでも格好はつけられる所を、敢えて格好悪く見せる、その芸達者ぶりには感心しました。
映画としては、怒りや暴力、悲しみや怨み、と言う負の感情を、笑いが如何に救うのか、と言う部分にあります。
感情の動物である人間にとって、それら感情をバランスよく保持する事が大切で、笑いこそがその鍵なのだ、と言う事でしょう。
それを示す、「笑わせてみせろ！」と言う強迫の中、三者三様にそれに応えようとする、シチュエイションの設定も巧みで、これは渡辺謙作らしい物語の上手さを感じました。そして、そこできっちり笑いを取る俳優の「芸」もまた見所だと思います。
気になったのは、そこで「奇跡」や「偶然」の力を借りている事で、ここはしっかり「芸」で笑わせて欲しかったなぁ、と思う部分です。
（２０１６年 ９月８日 ヒューマントラストシネマ渋谷にて）
（作品データ）
■監督
渡辺謙作
■出演
実道憲次 ・・・ 盛岡龍
海野一哉 ・・・ 前野朋哉
黒沢拓馬 ・・・ 新井浩文
黒沢雛子 ・・・ 山地まり
（その他のキャスト）
黒木華 大島葉子 九内健太 日向丈 松浦祐也 斉藤嘉樹
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笑えない日々を、笑え。
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