百円の恋
これは、山口県の周南映画祭の「松田優作賞」で第一回グランプリに輝いた脚本を武正晴監督が映画化したもの。
学生時代にボクシング経験のある安藤サクラが、見事な役作りを以て主演を務めています。
実家の弁当屋を手伝いもせず、部屋に引きこもり、甥っ子とゲーム三昧の自堕落な生活を送る一子、３２歳。
ある日、働こうとしない姉に業を煮やした出戻りの妹と取っ組み合いのケンカをした一子は、家を飛び出しアパートで一人暮らしを始める。
そして、バイト先の百円ショップでプロボクサーの狩野と出会った一子は……
一子を演じる安藤サクラ、映画冒頭で、スエットめくって弛み切ったトドのような身体をさらけ出し、ほぼ女を捨てている状態を見せます。
それがボクシングを始めて、最初はファイティングポーズすら決まらなかったのが、贅肉を落としてボクサーの身体を作ると共に次第に動きもシャープになり、顔つきまでも変わって行きます。冒頭の死んだような目が、野獣のような精悍さを湛えるまでになる、その役作りには感嘆するしかありません。
しかも、安藤サクラは、映画撮影期間の２週間のうち、１０日で身体を絞って試合シーンの撮影に臨んだのだとか。つまり、映画準備中にボクサーとして説得力のある筋肉質のボディをビルドアップしておいて、そこに脂肪だけ乗せてクランクインに臨み、僅か１０日でシェイプアップしたと言うことか……
日本映画界の実力派若手女優と言えば、宮崎あおいか蒼井優、と思っていたのだけど、それを凌ぐ化け物が潜んでいたとは……この肉体改造に、女を捨てた演技。さすがに、これは宮崎あおいにも出来ないでしょう。
これを観れば「安藤サクラは凄い！」としか言い様がなく、肉体改造に好意的なアカデミー賞であれば主演女優賞受賞確実、と言うレベルだと思います。
物語の方も高評価を得ているのに納得出来るもの。「イン・ザ・ヒーロー」がどうにもぴりっと来なかったの武正晴監督ですが、本作では見違えるような映画を見せてくれます。
その物語が語るのは「本気になる」事の素晴らしさと、人は何の為に生きるのか、と言うこと。
怠惰な生活をしていた一子も、内心では自分を認め、誰かに認められたいのです。彼女にとって、それがボクシングであった、と言うだけのこと。
クライマックスとなる試合の最中、ダウンした一子に妹が叫びます。
「立てぇ、負け犬！」
そう、それまでの一子はひたすら逃げていました。真正面から立ち向かわなければ“負ける”ことさえ出来ないのです。
全てを懸けた試合の後、一子の頬を止めどなく涙が流れます。レイプされて処女喪失した時にも流れなかった涙が――百円から始まった恋と新たな人生。それを、つまらぬ人生、貧しい暮らしと見るのは簡単。必死になって努力して辿り着いたリングとて４回戦でしかありません。それでも、本気になった彼女にとっては、全て違って見えたに違いありません。
本気になれば全てが変わり、道ばたの石ころのような人生が本物のダイヤモンドに勝る輝きを放つ……これは、そんな映画なのです。
ボクシングをきっかけに、どん底の暮らしから這い上がって輝きを放つ、そんな人生の転機を描くこの映画……これぞ正に日本版「ロッキー」だ！
（年 月日 にて）
（作品データ）
■監督
武正晴
■出演
一子 ・・・ 安藤サクラ
狩野 ・・・ 新井浩文
（その他のキャスト）
稲川実代子 早織 宇野祥平 坂田聡 沖田裕樹 吉村界人
松浦慎一郎 伊藤洋三郎 重松収 根岸季衣
■コピー
呆れる程に、痛かった。
■Ｌｉｎｋ
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