| 誰よりも狙われた男 |
これは、元ＭＩ６と言う経歴を活かしたリアルな諜報活動の描写に定評があるジョン・ル・カレの同題小説を映画化したもの。
主演は、先日急逝したフィリップ・シーモア・ホフマン。
９．１１同時多発テロの実行犯が根城にしていたと言う、ドイツ・ハンブルグでは、テロの予兆を捉える事が出来なかったと言う反省から、テロ容疑者に対して過剰とも思える対応が常態化していた。
そんなハンブルグで、謀報機関のテロ対策チームを率いるギュンター・バッハマンは、密入国したチェチェン人青年、イッサ・カルポフの姿を捉えた。
テロ容疑で国際指名手配されているイッサを、ドイツ当局は即座に逮捕しようとするが、バッハマンは彼を泳がせ、さらなる大物との関係を探るべきだと主張する。
事を起こされてからでは遅いと危惧する上層部から、バッハマンに与えられた時間は７２時間。
更にＣＩＡまでもが介入して来る中で、バッハマンはイッサの周囲に探りを入れて行くが……
「裏切りのサーカス」も地味なスパイ映画ですが、この映画はそれ以上。カーチェイスもなければ銃撃戦もなく、それどころか人死にの描写さえありません。スパイ映画と聞いて「００７」のような内容を期待していると裏切られるでしょう。
名優、フィリップ・シーモア・ホフマンの遺作、と言う事でなければ、単館でひっそり公開される類いの映画ではないか、と思います。
しかし、これは見応え充分。
決して派手ではありませんし、いたずらにスリリングさを煽るような演出もないのですが、経験に裏打ちされた諜報活動のリアルな一面を見せる、静かな緊迫感が堪りません。
特に、レイチェル・マクアダムス演じる弁護士を拉致・監禁した上で、己の意のままになるように追い詰めて行く、硬軟取り混ぜたテクニックは見物です。そして、その中で揺れる心を、殆ど目の動きだけの繊細な演技で表現したレイチェル・マクアダムスもまた見事。
この映画、そうした繊細な演技で、雄弁に心理を語らせるシーンが多く、その演出も心憎いし、それを実現した俳優もまた素晴らしいものがあります。
その中でも、フィリップ・シーモア・ホフマンは、さすがの一語に尽きます。
役柄的にも目立たず、むしろ周囲を立てるような抑えた芝居に徹しつつも、浮かび上がる存在感は、この人ならではでしょう。
終盤、“仕事”を見事にまとめる寸前でブチ壊され、一声吠えたバッハマンはひとりクルマを走らせた後、憤然としつつも静かに雑踏の中に消えて行きます。
そのラストカットが、これからも期待されていたのに、突如、人生の幕を引いてしまったフィリップ・シーモア・ホフマン、その人の人生に重なって見え、何とも寂しい思いに駆られました。
（２０１４年 １０月２３日 新宿武蔵野館にて）
（作品データ）
■監督
アントン・コービン
■出演
ギュンター・バッハマン ・・・ フィリップ・シーモア・ホフマン
イッサ・カルポフ ・・・ グリゴリー・ドブリギン
アナベル・リヒター ・・・ レイチェル・マクアダムス
（その他のキャスト）
ウィレム・デフォー ロビン・ライト ホマユン・エルシャディ ニーナ・ホス ダニエル・ブリュール
マハディ・ザハビ ライナー・ボック
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その瞬間、世界の全てが敵となった。
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