| 箱入り息子の恋 |
これは、恋愛経験０の孤独な男が、３５歳にして初めて落ちた恋に暴走する話。
一見、爽やかな青春恋愛ドラマですが・・・これはなかなか曲者の映画です。
天雫健太郎は、孤独な男だった。
市役所に勤めて１３年、万事几帳面な性格故に仕事はきっちりこなすが、残業はせず、昇格試験も受けないので平職員のまま。酒も飲まず、タバコも吸わず、ペットのカエルと、ゲームだけが余暇の全てだった。３５歳にして彼女いない歴３５年。勿論、童貞。
このままでは、代々続いて来た天雫家の血筋が途絶えてしまう、と両親が出かけたのが、親が出席する代理見合いの会。
その会がきっかけとなり、健太郎が見合いをした相手は、盲目の社長令嬢・菜穂子だった。
菜穂子の父は健太郎に不満で、「お前に娘が守れるのか！」と立腹。これで話は流れたかと思いきや、意外にも菜穂子と彼女の母は健太郎が気に入ったようで、健太郎と菜穂子は役所の昼休みに逢瀬を重ねるようになる。
そして、遂に２人の初デートの日、この交際が菜穂子の父親の知るところとなって・・・
主人公の健太郎を演じるのは、俳優の他にミュージシャンや文筆家として様々な顔を持つ星野源。ちなみにこれが映画初主演。
菜穂子を演じるのは夏帆。健太郎の両親に平泉成と森山良子。菜穂子の両親が大杉漣と黒木瞳。健太郎の同僚の女性職員には、石橋貴明の娘である穂のかが起用されるなど、なかなか豪華なキャスト。
息子の直太朗が３０代後半になっても結婚しないでいる森山良子に、この役を振るとはこれまた皮肉にも思えるキャスティングですが、共演の俳優にも劣らぬその役作りには芝居を超えたものが含まれているように感じられました。
この映画、「箱入り息子の恋」となってはいますが、同時に「箱入り娘の恋」でもあります。
親が持ちかけた縁談がきっかけではあったとしても、２人にとって初めての、そして運命の恋なのは確かなのです。
で、そんな恋物語、親の不理解や目の障碍、と言う問題が行く手を阻む、悲恋にも純愛にも出来る所を、そうは描かないのが面白い所。
この映画は、決して、美しく作り上げられた恋愛劇ではなく、不器用だからこそ何処にでもある、ありふれた恋を描いているのです。
恋に落ちた時のときめきや切なさは勿論、幾つになっても結婚しようとしない、おひとり様のはびこる現状、子離れの出来ない親、と言うような世情を反映、更に現代の若者事情を反映しているのもいい。
２人の交際に積極的なのは奈緒子の方ですし、初デートでホテルに誘うのも奈緒子の方から、と、女性の方が恋愛に積極的に描かれる（そして、かなり濃厚なベッドシーンまである）のは、正に現代の恋愛ドラマならでは、と言う所でしょう。
その初デートに辿り着くまでの２人の距離の縮め方を丁寧に描いているのも自然で、好感が持てます。
そして、恋が人間を変えて行く様を描き、奈緒子の父に交際を願い出るシーンは、「ここまでやる男、カッコいいじゃないか」と思える程でした。
しかし、映画はそこから急展開。
ここから先は、星野源に言わせれば「しっかりしている人が（恋によって）しっかりしなくなって行く」もの。
思い詰めた健太郎が市役所で絶叫した上に決断した事は、役所を早退し、奈緒子の家に夜這いをかける事なのですから・・・
この辺りの展開は、映画ならではの躍動感を見せて、誰もが呆気にとられるクライマックスまで突っ走ります。
恋の切なさを描いては肩透かし、ドラマを盛り上げておいて、これまた肩透かし。
決して素直じゃない映画の作風は、それもまた監督ならではのラブコメディの作風でしょうか。
それでも、恋のときめきや切なさ、端から見た時の滑稽さまでをも描いた、これは傑作です。
（月日 にて）
（作品データ）
■監督
市井昌秀
■出演
天雫健太郎 ・・・ 星野源
今井奈緒子 ・・・ 夏帆
（その他のキャスト）
平泉成 森山良子 穂のか 柳俊太郎 竹内郁子 古舘寛治
大杉漣 黒木瞳
■コピー
恋をすれば傷を負う。いつだって僕らは傷だらけだ。
■Ｌｉｎｋ
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