グラン・トリノ
ＧＲＡＮ ＴＯＲＩＮＯ
このクリント・イーストウッド監督の最新作は、５年ぶりに監督自ら出演する、感動的なヒューマンドラマ。
ちなみに、７８歳のクリント・イーストウッドは、これを最後の映画出演とするそうです。
ミシガン州デトロイト郊外。
長年連れ添った妻に先立たれた老人ウォルト・コワルスキー。
自動車の街、デトロイトも、今や会社は傾き、工場は閉鎖され、かつての同僚はみな去ってしまった。
ウォルトの住む町からも、白人は殆どいなくなり、アジア系、メキシコ人、黒人ばかりになっている。しかも、２人の息子とは心通わせる事が出来ず、親元から離れた息子の仕事は何とトヨタのセールスマンだ。
長年、フォードの組立工として働いて来た、昔気質なウォルトにはその全てが面白くない。
彼が愛するのは、今や、愛犬デイジーと、ガレージの中の’７２年式のフォード グラン・トリノだけになってしまった。
そんなある夜、物音に気付いたウォルトがガレージに向かうと、隣に住むモン族（東南アジア山岳地域の少数民族）の少年が愛車を盗もうとしていた・・・
これが、クリント・イーストウッドの映画出演の集大成とでも言うかのように、イーストウッドは、これまで演じて来た役をウォルトに重ねます。
グラン・トリノは、ダーディー・ハリーも乗っていたクルマですし、久々に銃を構える姿を見る事も出来ます。
銃を抜く仕草を見せるだけで緊張感を走らせる事が出来るのは、さすがはイーストウッド。
しかも、これがクライマックスへの伏線にもなっている、と言う見事さ。
でも、この映画、それが主題ではありません。
主人公・ウォルトの過去を自らの過去に重ね合わせる事で語らせ、映画は「今」を描くことに専念するのです。
その「今」とは、「自分の死を意識した男が人生の最後に何をすべきか」。
最近のイーストウッド監督主演作で、幾度か描かれている「老い」や「死」の問題。
それを、自らの俳優人生の最後で描き切ろうとするかのようです。
しかも、イーストウッドは、その「老い」と「死」を、人の人生としてだけではなく、“古き良きアメリカ”の「老い」と「死」として描き、この映画を普遍的なものとしました。
ウォルトの愛車「グラン・トリノ」は、彼にとっての輝かしい過去の象徴であると同時に、“古き良きアメリカ”文化の象徴でもあるのです。
有色人種が増えて白人がほとんど住まなくなってしまった街で、磨き上げられたグラン・トリノは、それこそがアメリカであることを誇示するように光り輝いています。しかし、その輝かしいアメリカはもう滅びを目前とし、次の世代に受け継がれることはありません。
でも、それでいい、とイーストウッド監督は語ります。
ウォルトは、子供や孫とは心通わせられず、その精神を引き継ぐ事は出来ませんでした。
でも、偏見を捨て、モン族の人々と触れ合ったウォルトは、彼らが誇りを重んじ、勇気ある行動を讃え、敬意を払う事を知ります。
それは、ウォルトの信念にも通じ、自分の孫たち以上に、隣家の長男タオに愛情を注ぎ込む事になるのです。
精神を引き継ぐのは、血筋によってではなく、それを引き継ぐに相応しいかどうかだ、とでも言うかのように。
そんなタオと、その姉スーに危害が加えられた時、ウォルトは決意します。
自分が、彼らに何をしてやれるのか――
その決意が導き出した行動は、余りに哀しく、そして優しい。
寂しくも爽やかなエンディングに向けて、じわりと感動で包み込んでくれる、素晴らしい映画です。
もっとも、この映画、感動の押しつけもして来ないし、重苦しい映画でもありません。
むしろ、台詞回しなどは、スラングが飛び交う軽妙で洒脱なもの。
さすがに、日本語字幕は上品にやっていますが、これ、元々の台詞は、相当に下品で、差別用語が次々に出て来る問題発言の応酬です。
（その為、この映画、本国では成人指定になっています）
まぁ、そうした部分もイーストウッド監督らしいと言えばそうなのですが。
しかし、この映画が“古き良きアメリカの死”を描いていると言うのは何とタイムリーな事か。
この映画完成直後、アメリカが直面する問題に、この映画は見事に重なります。
アメリカが力を失い、これからは、主導権を非白人に譲り渡していくことを示す予言なのです。
いつまでも、古いアメリカにしがみついていても、そこに未来はない。未来は、それを担うべき若者の手の中にある。それがこの映画のメッセージなのです。
（４月２７日 １０９シネマズＭＭにて）
（作品データ）
■監督
クリント・イーストウッド
■出演
ウォルト・コワルスキー ・・・ クリント・イーストウッド
（その他のキャスト）
ビー・ヴァン アーニー・ハー クリストファー・カーリー ブルック・ジアー・タオ チー・タオ
ドゥーア・ムーア ソニー・ビュー リー・モン・バン ジェリー・リー エルヴィス・タオ
ジョン・キャロル・リンチ ブライアン・ヘイリー ジェラルディン・ヒューズ ブライアン・ハウ
ティム・ケネディ
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俺は迷っていた、人生の締めくくり方を。少年は知らなかった、人生の始め方を。
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