これは、「チ。―地球の運動について―」で手�恷｡虫文化賞マンガ大賞を史上最年少で受賞した魚豊のデビュー作である同題マンガを、「音楽」の岩井澤健治監督がアニメ化したもの。
　声の出演は松坂桃李、染谷将太。

　生まれつき足が速い“天才型”で、「日本最速の小学生ランナー」となったトガシは、辛い現実から逃れるために走り続ける転校生・小宮と出会う。
　そんな小宮に、トガシは「ボクの知る限り、大抵の問題は１００ｍを誰よりも速く走れば全て解決する」と言った。その一言が、小宮の心に火を着け、そして“努力型”の小宮は、ひたむきな努力で走力を磨き、やがて、トガシに「ガチ（本気）で」勝負を挑むまでになって……

　このアニメ、音楽」の岩井澤健治監督が得意とするロトスコープ技法が活用されています。
　ロトスコープ技法とは、現実の人物を撮影し、その映像をトレースして製作するアニメ技法の事で、これにより描いた絵がリアルな人物のように動く、独特のリアリズムを生んでいるのです。
　本作では、中盤の見せ場であるインターハイ決勝レースが、選手入場から決着までの３分４０秒をワンカット、１年かけて９８００枚の作画を重ねた力作となっており、作品の中核を占める「１００ｍ走」を、リアルに観客に感じさせるものになっています。
　また、これは現実をトレスするロトスコープ技法ならではなのですが、モデル撮影した選手を正確に表現しているが故に、それが誰なのか、詳しい人には判ってしまい、その選択の的確さにも唸らされたりするのだそうです。

　物語としては、原作マンガが、トガシの小学生時代から最後のレースに臨む２５歳までの１５年を５巻を費やして描いた物語を、２時間弱の映画とする為、高校時代のエピソードが大きく削られ、物語もかなり改変されています。
　原作ファンの中には、それを残念に思う人も多いようだが、原作マンガと比較しても、これは映画にする為に必要な事だったように感じました。

　この映画が、そして物語が描こうとするもの……それは、ちょっと判り難く感じました。
　中盤以降で、繰り返し描かれる、「１００ｍ走」、いや競技スポーツの持つ悪魔的な一面――全てをつぎ込む事を求め、それでいて見返りが得られるとは限らない――それで人生を狂わされたとか、人生を賭けたとか、特に哲学的な言葉で語られる内容に惑わされたのですが、実は、そんな事はどうでもいいのです。
　人にとって大切なのは、全力を尽くし「本気（ガチ）になる」こと。
　「本気」になり、全てを忘れて集中する、その輝かしい瞬間こそが何事にも代えがたいものであり、それを共有出来る“友”がいる事がなによりも嬉しい。
　そんな境地に辿り着いた２人を描くラストシーンには感動と衝撃がありましたし、だからこそ、２人のその先も、勝敗も、描くことに意味はない――そんな潔さもよかったと思います。
　

　（２０２５年　９月１９日　横浜ブルク１３にて）

（作品データ）

　■監督

岩井澤健治

　■出演

　トガシ　・・・　松坂桃李

　小宮　・・・　染谷将太

　海棠　・・・　津田健次郎

（その他のキャスト）
　笠間淳　　高橋李依　　田中有紀　　種崎敦美　　悠木碧　　榎木淳弥　　石谷春貴
　石橋陽彩　　杉田智和　　内田雄馬　　内山昂輝

　■コピー

この距離に刻め

［戻る］