雪風 YUKIKAZE
これは、太平洋戦争中の主要な１６の海戦に参戦しつつ生き延びた日本海軍の幸運艦・駆逐艦「雪風」の史実に基づき、戦中、戦後、そして現代に繋がる物語を描くヒューマンドラマ。
監督は、長年助監督を務め、本作で監督デビューとなる山田敏久。
出演は、「太平洋の奇跡」の竹野内豊、「沈黙の艦隊」の玉木宏、「Cloud クラウド」の奥平大兼。
陽炎型駆逐艦の８番艦「雪風」は、太平洋戦争開戦以来、主要な海戦の殆どに参戦しつつ生き延び、幸運艦として知られていた。
昭和１９年、その雪風艦長に寺澤一利大佐が着任。軍令部から転任して来たエリート士官の寺澤を危ぶんだベテラン下士官の早瀬先任伍長だが、寺澤艦長は冷静かつ卓越した指揮ぶりを見せ、早瀬を始め乗員ら信頼を得るようになる。
だが、戦局は増々厳しくなり、マリアナ、そしてフィリピンと厳しい戦いが続いて……
駆逐艦「雪風」は、幸運艦として知られ、知名度としては日本海軍の駆逐艦の中で最も高い、と言えると思います。そのエピソードは、これまで幾つもの書籍になっています。
そんな「雪風」の戦歴を追うだけで、見せ場の連続となるでしょうし、近年、ＣＧの発展で、日本でも迫力ある海戦シーンを描けるようになっている（「アルキメデスの大戦」や「ゴジラ −１．０」など）事から、本作には期待し、公開初日の８月１５日に鑑賞に臨んだのですが――予告編でも危惧していたのですが、本作は低予算見え見え、組まれたセットも限定的なものだし、ＣＧも稚拙、シーンの使い回しが目立つなど見せ方も下手、といい所なし……まるで３０年以上前の日本映画のような感じで、正直、ＮＨＫ大河ドラマの「坂の上の雲」の方が出来がよいのでは？と思える出来なのにはがっかりでした――確かに、本作には白杭と山崎貴が関わっていないのですが、ここまで差があるとは……
そうした映像面でがっかりしたのですが、更に問題ありなのは物語……本作は太平洋戦争を描きながら、物語としてはフィクションになっているのです。
勿論、戦局の推移は概ね史実通りだし、海軍上層部は実名を出しているのですが、寺澤館長以下「雪風」乗員は全て架空の人物となっている、と言うのには、疑問を感じざるを得ません。
乗員が架空の人物なら艦内の様子も絵空事で、優しい艦長に信頼出来る幹部士官、乗員の間には和気あいあいとした空気が流れ、帝国海軍ならばお馴染みの後甲板整列もバッターもない、と言うのでは、これはもうファンタジーと言っていいような……確かに、戦艦のような大型艦と異なり、小さな駆逐艦では人間関係が濃密になり、私的制裁は緩やかだった、とは言われるが、本作で艦内の様子を描写するのが「雪風」に限られる以上、そこに海軍内で起きている事を盛り込まなくては、「帝国海軍」と言うものを描いた事にはならないのではないでしょうか。
海戦が一段落したら海に投げ出された将兵の救助に徹し、敵にも敬意を払い、人道を重んじると言う美談で固めた物語に、死者が出たら情感たっぷりに、その場に居合わせた全員が手を止めて見送る、と言う戦争ものではあり得ない描写もあり、これではリアリティも何もあったものではありません。
「雪風」から離れても、気になる所は多くあります。
クライマックスとなる「大和」の沖縄特攻について、軍令部が水上特攻に固執する理由が、昭和天皇の「海軍にもう艦はないのか？」発言に端を発する、と言うのを描く必要があるように思う。
また、大局的に見て、戦争に負けたのは国が舵取りを誤ったからで、軍隊は悪くない、むしろ、一種の理想社会のように描くのにはさすがに違和感あり。映画を作る側に「戦争を知る」人間がいなくなるとこうなるのか、と言う事に暗澹とした思いにさせられます。また、こんな映画を、正々堂々「８月１５日」に公開してしまうのもどうかと思います。
そして、最大の問題はラストシーン……現代の呉の海上自衛隊基地の向こうに、かつての「雪風」と乗員らが浮かび、「日本は大丈夫か？ここから見ているぞ」と呼びかける……かつてこの国にいた立派な人々に恥じないような国にしよう、と言うメッセージは、まるで戦中の「英霊に申し訳ない」と言うのと同じではないですか。
終戦から８０年、戦争は遠いものとなり、今や戦後は終わり、新たな戦前を迎えようとしているのかも知れません……そんな複雑な思いを抱かされた「終戦の日」の８月１５日でした。
（２０２５年 ８月１５日 川崎チネチッタにて）
（作品データ）
■監督
山田敏久
■出演
寺澤一利 ・・・ 竹野内豊
早瀬幸平 ・・・ 玉木宏
井上壮太 ・・・ 奥平大兼
（その他のキャスト）
當真あみ 藤本隆宏 三浦誠己 山内圭哉 川口貴弘 中林大樹 田中美央
田中麗奈 益岡徹 石丸幹二 中井貴一
■コピー
生きて帰る。生きて帰す。
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