小さき麦の花

　これは、リー・ルイジュン監督が、中国西北地方の農村を舞台に大地に寄り添い生きる夫婦を描いた人間ドラマ。

　２０１１年、中国西北地方の農村。マー家の四男・ヨウティエは、兄のヨウトンの家に身を寄せて、農業を営んでいた。だが、息子の結婚を控えたヨウトン夫婦にとってヨウティエは厄介者であり、内気で障害のあるクイインと見合い結婚することになる。
　互いに家族から厄介払いされるかのように夫婦になった二人は、他の誰からも置き去りにされたような荒れ地を耕し、ぎこちないながらも互いを思いやり、寄り添って暮らしていくが……

　これは、愚鈍とも見える中年男と、そこに嫁として押しつけられた身体に麻痺があり、失禁ばかりしている女……そんな２人の１年余りの生活を描く映画です。
　しかし、物語が進むにつれて見えて来るのは、ヨウティエは愚鈍どころか農民として優れた資質を持つ勤勉な男で、荒れ地を耕して豊かな畑とし、その合間に日干しレンガで立派な一軒家を建ててしまうのです。クイインも心優しい女性である事が判ります。
　そんなふたりが、見合いの席で初めて会った時を回想するシーンなど、青春ラブコメさながらの初々しさなのです。

　これは、そんなふたりの日々を描いて、人が本来持つ、思いやりや愛情、本当に大切なものは何かを描く美しい物語――美男美女による煌びやか物語が美しいのではありません。この映画では、真に美しく、大事にしなければならないものが描かれ、更に、変わりゆく中国で失われていく、土着農業に生きる人々を描いて、「幸せとは何か」を問うのものなのです。

　タイトルの「小さき麦の花」とは、ヨウティエが戯れに麦粒を腕に並べて押しつけて作った花模様の事ですが、映画原題は「土に還る」です。
　伝統的な農家の暮らしを望むヨウティエ夫妻ですが、昇り龍の中国社会は、そんなふたりの生活を否応なしに変えて行こうとします。日干しレンガの家を取り壊し、高層アパートに引っ越せば補助金が出る、と言われて内見に行くものの、クイインは、「人はいいけど、鶏やロバはどうするの？」と心配をします。
　最後、生きる意味を見失ったヨウティエがそのアパートに引っ越す為、ふたりで作ったレンガの家は取り壊されて土に還って行きます……そして、鉄筋コンクリートのアパートは、恐らくはヨウティエを生きながら葬る墓となるのでしょう。

　めまぐるしく変わって行く中国社会で、それでも土から離れて人は生きて行けるのか？と言う疑問を、無言のままで形とした、このラストは、インパクトの強いものでした
　そして、この映画が中国新世代監督から生まれた事に、中国映画の強かさを感じました。　
　

　（２０２３年　２月２５日　シネマジャック＆ベティにて）

（作品データ）

　■監督・脚本

リー・ルイジュン

　■出演

マー・ヨウティエ　・・・　ウー・レンリン
ツァオ・クイイン　・・・　ハイ・チン

（その他のキャスト）
　ヤン・クアンルイ　　チャオ・トンピン　　ワン・ツァイラン　　ワン・ツイラン　　シュー・ツァイシャ　　リウ・イーフー
　チャン・チンハイ　　リー・ツォンクオ　　ワン・チールー

　■コピー

いつか土に還る。

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