冬薔薇

　これは、「半世界」の阪本順治監督が、轢き逃げ事故により謹慎していた若手俳優の伊藤健太郎をイメージして脚本を当て書きした人間ドラマ。

　ある港町。渡口淳は、専門学校生ではあるものの、ろくに勉強もせずに不良仲間とつるみ、他人から金をせびってはだらだらと暮らしていた。
　両親の義一と道子は、港で埋立て用の土砂を運ぶ海運業を営んでいるが、時代と共に仕事は減り、何時まで仕事が出来るかを悩んでいる。淳と両親との間には、ある事故以来、会話はほぼなく、埋めようのない溝があった。
　そんなある日、仲間が何者かに襲われ、その犯人像に思いがけない人物が浮かび上がって……

　これは、伊藤健太郎の映画復帰作。
　冬に咲く薔薇、「冬薔薇（ふゆそうび）」をモチーフに、人が、寒さに耐えて花開かせることを諦めたかのような現代を描きます――大人たちは、時の流れにその居場所を失い、崩壊した家庭にこぼれ落ちた若者が縋るのは、“反社”と言う疑似家族……
　確かに、これはいい映画だと思います。「人は判り合えない。それが家族でも。勿論、親子でも」と言うテーマは辛辣であるし、その一方で、半グレと言うアウトロー集団が、居場所をなくした若者を吸収し、そこに絆を生んで行くのかを描くのにも説得力があります。
　そうした寒々とした人間関係の中でもがくドラマを、伊藤健太郎は期待に応じて見事に形にし、それを演技巧者がしっかり支える……これは力作でしょう。

　しかし、「伊藤健太郎は轢き逃げ事故を起こした交通犯罪者だから、観たくもない、上映も許されない」と言う声もまた多し――この映画が描くのは、正にそうした、過ちを犯した者に二度と社会復帰を許さない、と言う歪んだ正義感が生み出す“不寛容社会”なのですが、今は、映画の中の淳同様、伊藤健太郎が、その不寛容社会に押し潰されないように祈るばかりです。　
　

　（２０２２年　６月　５日　Ｋｉｎｏシネマ横浜みなとみらいにて）

（作品データ）

　■監督・脚本

阪本順治

　■出演

　渡口淳　・・・　伊藤健太郎

　渡口義一　・・・　小林薫
　渡口道子　・・・　余貴美子

（その他のキャスト）
　眞木蔵人　　永山絢斗　　毎熊克哉　　坂東龍汰　　河合優実　　佐久本宝　　和田光沙　　笠松伴助
　伊武雅刀　　石橋蓮司

　■コピー

ずっと逃げてきた。
見つめることが怖かった。
行き場所のない魂は、どこに流れ着くのか――。

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