潜水艦クルスクの生存者たち

　これは、２０００年にバレンツ海で発生したロシアの原子力潜水艦事故を映画化したもの。
　監督は、「アナザーラウンド」のトマス・ヴィンターベア。
　出演は、「レッド・スパロー」のマティアス・スーナールツ、「００７／ノー・タイム・トゥ・ダイ」のレア・セドゥ。

　ロシア海軍北方艦隊の大演習に参加の為、出航した原子力潜水艦クルスク。
　しかし、困窮するロシアの予算不足の為、海軍は潜水艦の６割をスクラップにしており、残存艦艇も錆びだらけで手入れが出来ておらず、兵員の給料も遅配する有様であった。
　それでも、西側へ虚勢を張って艦隊を展開したのだが、その最中、クルスクの艦内で魚雷の爆発事故が発生。艦は大破し、海底に着底してしまった。１１８名の乗員も大半が死亡、生き残った２３名が後部区画で救出を待つのだが……

　クルスク沈没は、ソヴィエト連邦崩壊後のロシアの弱体ぶりを示すエピソードのひとつとされています。当時、生存者救出にモタつく軍と政府に抗議した乗員家族の女性が、メディアも取材中の公の場で、政府職員に注射を打たれて連れ去られて行くシーンも繰り返し放送されましたので、記憶に残っている人も多いのではないかと思います。（この映画でもしっかり再現されています）

　映画は、当時の状況をよく再現したものとなっています。沈没の原因となった魚雷の爆発や、その後、生存者死亡の原因となった酸素発生器の爆発なども、実際の調査結果に基づくもので、リアルに再現されたセットと合わせて、見応えのあるものとなっています。
　また、救難潜水艇を予算不足の為に売却していた、と言うロシアの困窮ぶりを示すエピソードや、潜水艦救助の段取り、水中での水流を可視化する為にミルクを流してみる、と言う描写なども興味深く観られました。
　最初の爆発事故から、艦内のサヴァイバル、ロシア側の救出の不手際に、同じ海の男として敵味方を越えて協力を申し出る英国海軍と、要らぬプライドと秘密主義でそれを蹴るロシア軍高官……と、様々なエピソードを畳みかけ、テンポよくサスペンスを盛り上げて行くのもいいし、港で帰りを待つ乗員らの妻や子供の不安と焦燥を描くのもドラマを盛り上げます――ただ、史実として全員死亡となる結末が明かなので、生存者らの奮闘がやりきれないのですが……

　物語の主役となるのは、マティアス・スーナールツ演じる機関科士官のミハイル、出演シーンの大半が濡れて、凍えてと言う大変な役を熱演しています。その身重の妻、ターニャをレア・セドゥが演じているのですが……妊娠中の身重の身体で以て押し出しの強さを見せる、”ロシアのおっかさん”ぶりは見事な役作りでした。

　ただ、ロシア政府の協力を得る為に仕方なかったとしても、英国の協力要請を断り、救出作業を遅らせた（実際、救難ダイバーが潜水艦のハッチを開けたのは９日後で、その時には艦内は完全に水没していました）のは、プーチン大統領が休暇中の為、５日間を無為に費やした、と言う事も一因であった、と言う史実を描かず、ただ海軍上層部の責任のみとした、この映画の描写の踏み込みの浅さは気になった所です。
　

　（２０２２年　４月２３日　Ｋｉｎｏシネマみなとみらいにて）

（作品データ）

　■監督

トマス・ヴィンターベア

　■出演

ミハイル・アヴラン　・・・　マティアス・スーナールツ
ターニャ・アヴラン　・・・　レア・セドゥ

（その他のキャスト）
　マックス・フォン・シドー　　コリン・ファース　　ペーター・シモニシェック　　アウグスト・ディール

　■コピー

残されたのは、僅かな酸素と希望だけ――

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